第59話 王女、バケモノを知る

 ウォルスが出発してすぐに、セレティアとネイヤは別々の部屋へと押し込められた。

 汚いわけでも、劣悪な環境でもない。

 ただ、狭くて薄暗いだけの、何もない部屋だ。


「まるで囚人ね」


 旅をはじめてから本当の意味で、初めて一人になったセレティアは、床に寝転びながら天井を見つめていた。

 フィーエルは閉じ込めることに反対したが、それは聞き入れられず、セレティアとネイヤはその指示に大人しく従い、こうやって部屋に閉じ込められることを選んだ。


「ネイヤ、近くにいるなら返事をしてちょうだい」


 セレティアは力いっぱい叫んでしばらく待ってみたが、返事は戻ってこなかった。


「……当然よね」


 ここで暴れても、何のメリットもないことは理解していた。

 そんなことをすれば、逆に、ウォルスが帰ってきた時、取り返しがつかない事態になるのは目に見えていたからだ。

 だからこそ大人しく従ったのだが、こんなに心細くなろうとは、本人でさえ不思議で仕方がなかった。


「ウォルス……大丈夫、よね……」


 ウォルスの力は認めてはいるものの、実際のところ、一国の軍を相手に正面からやりあってどこまでできるのか、セレティアは考えあぐねていた。

 いくら力があろうと、ウォルスは人間で、体力に限界はある。

 カサンドラ軍に混ざって、敵将一人を狙うのとはわけが違う。


「……魔力感知とかいうのを、試してみようかしら」


 フィーエルからはまだ、コツさえ教えられていない魔法。

 魔法というよりは、魔力循環に近い基礎魔法で、属性という概念すら存在しない。

 だが、フィーエルはなぜだか、魔力感知に関しては消極的で、不自然に避けていたのをセレティアは思い出していた。

 ここで魔力感知を使えば、ネイヤの居場所も把握できるかもしれない、もしかするとウォルスの行動もわかるかもしれない、とセレティアは淡い期待を込め、その魔法に集中することにした。だが――――。


「………………ダメね、全然ダメ」


 真剣にやったにもかかわらず、発動する気配すらない。

 魔力感知は、相手の魔力の大きさも把握でき、魔法師としての実力も簡単ながら掴めると聞いて、ぜひとも使いたいと思っていた魔法だったのだが、自信を喪失するほどに使えない。


「もしかして、フィーエルが教えるのが上手なだけじゃないのかしら……」


 そんなセレティアに、多少の自己嫌悪と、自暴自棄、それに少しの食欲が襲いかかってくる。

 閉じ込められてから、それなりの時間が経過したというのに、グラス一杯の水さえ出されていない。


 自分で水を作り出して飲めということかしら、などとセレティアが考えていると、扉がノックされ、ギィギィと嫌な音を発しながら開かれた。


「やあやあ、王女様は元気かな~?」


 扉の隙間から顔を覗かせたのはヴィーオ、そして、申し訳さなそうな顔をしたフィーエルだった。

 フィーエルはヴィーオの後ろに立ち、二人の会話を黙って見守るだけで、あくまで中立な立場を通す姿勢を見せる。


「確か、ヴィーオさんだったかしら。わたしに何か用件かしら?」


「ヴィーオでいいよ。僕もセレティアと呼ばせてもらうから」


 独特の空気で自分のペースを貫くヴィーオに、セレティアの眉がピクリと反応する。


「それでヴィーオ、早く用件を言ってもらえると助かるわ」


「お腹は減ってないかな、と思って」


 その言葉に嘘は感じられず、本気で言っていることがわかったセレティアは、大きくため息を吐いた。


「あなた、エルフの中では偉いのよね? それなのに、そんな用件でわざわざやってきたの? ――――まあ、答えはイエスだけど」


 セレティアの返事に、ヴィーオは満足気な笑みを浮かべる。


「もう一人の人間は既に食事中だから、一緒に食べようか」


 ネイヤが既に食べていることを知って、セレティアは酷く動揺したまま立ち上がった。




       ◆  ◇  ◆




 そこは、さきほどまで話し合いをしていた部屋。

 だが、他のハイエルフの姿は見えず、テーブルにはネイヤが一人で食事をしていた。

 それを目にしたセレティアが、一度大きく咳払いをする。


「これはセレティア様、お先に食事をいただいています」


 ネイヤは食事の手を止めて立ち上がると、慌てて頭を下げる。


「そういうことはいいのよ。それより、ネイヤは色々と神経が図太いのね」


「図太くなければ生きていけないので」


「わたしも、ぜひとも見習いたいわ」


 ヴィーオが手を叩くと、女性のエルフが魚や肉、食べきれない量の料理が盛られた皿を次々と運び、テーブルへと並べてゆく。

 嗅いだことのない、その食欲をそそる香りに、セレティアのお腹はいやが上にも食欲を増してゆく。


「この食事は無礼講だからね、好きに食べてもらっていいよ」


「そ、それはありがたいわね」


 顔を赤くするセレティアに、ヴィーオは楽しげな笑顔を向けるも、すぐさま自分の食事に興味を示した。それが、セレティアを気遣ってのものかは、誰にもわからない。

 ヴィーオが席に座り、隣の席に腰を下ろしたフィーエルとともに食事を始める。

 それを見たセレティアも、湯気が立ち上るスープに口をつけた。

 そして、初めて口にした味に、スプーンを持った手がひっきりなしに器と口とを往復する。


「気に入ってもらえて嬉しいよ」


「――――まあまあね」


「僕はてっきり、あのウォルスという人間を一人で行かせて、食欲もなくなるかと思ってたんだけど、全然心配してなさそうだね」


「そんなわけないでしょ。ちゃんと心配してるわよ」


「そうなんだ? でもまだ心配はいらないよ。彼、ヴルムス軍と正面からぶつかるのを避けて、海岸線に向かったようだから」


 セレティアが食事の手を止め、驚いた顔をヴィーオの隣に座るフィーエルへと向けた。


「ヴィーオさまは、この大陸全土が魔力感知の範囲なんです」


「大陸全土……」


「僕は神樹の力を利用できるからね。単純な力なら、あのアルス・ディットランドのほうが上だから大したことはないよ」


「みんなバケモノね」


 セレティアの言葉に、ヴィーオが声を上げて笑う。

 それは部屋中に響き、ネイヤとフィーエルの手を止める。


「君が言うなんて、面白いよ! 僕の見立てじゃ、君もそのバケモノに片足くらいは突っ込みそうなんだけどね――――って、そんなことよりも、あのウォルスという人間、フィーエルの話では三属性使えるらしいけど、本当のところはどうなんだろうね」


「どういう意味、なのかしら」


「僕は魔法師としての力量を測る目には自信があってね、彼は魔力は大したことがないけど、魔法力に関しては、それこそ君が言うように、バケモノだと思うんだよね」


「ウォルスが?――――確かに、いきなり三等級魔法なんて使えたし、魔法力はあるでしょうけど」


 これまでの、魔法師としてのウォルスの才能を過小評価していたつもりはない。

 だが、その成長速度が自分よりも異常に早いことには、あえて目を瞑って口を出さないでいた。

 自分の成長速度が遅いのだと、言い聞かせることで。

 しかしこうして客観的な意見を聞かされたことで、セレティアは自分の判断が正しかったことに、否が応でも気づかされた。


「三等級ね――――フィーエルが側にいて、気づかないわけがないと思うんだけど」


 ヴィーオから、からかうような視線を向けられたフィーエルは、ただ「そうですね」とだけ答え、食事の手を動かし始める。


「君たちは歪で面白い。あんなにおかしな――――ああ、彼が動き始めたようだね」とヴィーオは額に指を当て両目を瞑る。


「こちらが要求したのは、ラダエルの救出だったのに、どうやら彼の目的は違うみたいだ」


「ウォルスが何をしているかわかるの?」


「海岸線に向かったのは、ヴルムスの軍艦を破壊するためだったみたいだね。彼は本格的にヴルムス軍を相手にする気のようだ。面白い、実に彼は面白いよ」


 一人はしゃぐヴィーオの周りでは、セレティアたちが青い顔をしてその言葉に固まった。

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