第54話 奴隷、船を得る

「それは、我らに付いてきていただければわかるかと」


 セレティアとフィーエルは俺同様、驚いてはいるが、ネイヤは全く動じていない。

 その様子からして、ネイヤが何か連絡していたとみて間違いないだろう。


「ネイヤ、いつ連絡をいれたんだ」


 いかにもネイヤの差し金だろうという顔を向けてみるが、ネイヤは軽く首を横に振る。


「定期的にしていますが、まさか来るとは思っていませんでした。ただ、ベネトナシュなら行動を起こしても驚かない、というだけです」


 ユーレシア王国からここに来るまでの日数を考えれば、俺たちが山へ向かった時には出発してなければいけないはずだ。

 再びベネトナシュたちに目を向けて、何か違和感を覚えた。

 いつものメンバーと比べ、何かが足りない。


「そういえば、あの巻毛の、フェクダだったか、あの子の姿が見えないようだが」


 普段ならベネトナシュの後ろには五人並んでいるはずなのだが、今並んでいるのは四人しかいない。それでも誰も気にする素振りは見せないため、何か問題が起こっている、というわけではなさそうだ。


「ウォルス、細かいことはいいじゃない。ベネトナシュが付いてきてほしいって言ってるんだから、黙って付いていけばいいのよ」


 セレティアはネイヤとフィーエルの背中を押し、勢いよく商人ギルドの扉を開く。


「ベネトナシュ、陛下への謁見は済ませたのか?」


「はい、ここへは、陛下から許可を得て参りましたから」


「そうか、それならゆっくりできる時間すらなかっただろ」


「そうですね、ネイヤ様からの連絡で、南の大陸に行くと思っていたのですが、山へ向かったようでしたので、何か問題が出たと思い――――」


 それはただの勘違いなのだが、ベネトナシュがそこまで言ったところで、表からセレティアがベネトナシュの名を呼ぶ。


「――――では、続きは目的地にて」


 自信に満ちた顔で頭を下げ、セレティアのあとを追うベネトナシュ。

 何を見せてくれるのか楽しみにしながら、俺もあとを追うことにした。



       ◆  ◇  ◆



 ベネトナシュたちに連れてこられたのは、町からだいぶ離れた岩礁地帯の洞窟だった。馬車では途中までしか近づけず、そこからはベネトナシュたちが乗ってきた馬にそれぞれ分かれなければいけないほどに、険しい道を超えていかなければいけなかった。


「この中に何があるっていうのよ」


 セレティアが薄暗い洞窟を前に、あからさまな拒絶反応を見せ、その足を止めていた。

 魔力感知で調べる限り、中には複数の人間がいるのが確認でき、ある意味セレティアの選択が正しいものとなる。


「何か聞こえますね……」


 フードを取ったフィーエルが耳をピクピクと反応させながら、洞窟の奥から響く微かな音に反応する。

 それにならい、セレティアも耳を傾けるような仕草をする。


「……なさい……大人し……、……めんなさい」


「本当に何か聞こえるわよ……」


 セレティアの足が洞窟とは逆のほうへ向けられる。


「おい、どこに行くんだ。ベネトナシュはこの中に用があるみたいだぞ」


「わ、わかってるわよ。なら、ウォルスが先頭よ、これは命令だから」


「言われなくとも、先頭で行くつもりだ」


 薄暗い洞窟の大半は海に浸かり、両端の一部分だけが、何とか人が通れる道となっている。高い天井の所々から自然光が照明のように差し込み、いい具合に足元が見える。


 その道を進んでいくと、今まで微かにしか聞こえなかった声が、はっきりとした言葉として聞こえてきた。


「だから、動かないでください!」


「ぐはぁああっ!」


「どうして動くのよ、叩かれたいんですか」


 洞窟の最奥は入り口からは想像できないほどの、広々とした空間が広がり、そこには何艘もの船が停泊していた。

 一番大きいものはマスト二本のもので、それなりの大きさがある。

 それに、あちこちに照明が付けられ、生活に必要と思われるものは全て備えられている。


 そして何より目を引いたのは、両手を後ろで縛られた男たちが何人も並ばされ、その男たちの体を、フェクダが鞘に入ったままの剣で殴りつけていたことだ。


「あっ、ベネトナシュさん、ネイヤ様! 合流できたのですね」


 振り向いたフェクダの剣が、その勢いで男の顎を砕いたが、男は笑いながら気絶した。


「ベネトナシュ、この船と男たちはなんだ」


「この一帯を荒らしていた海賊です」


 俺の問いに、何でもないといった風に、平然と答えるベネトナシュ。

 その答えにセレティアとフィーエルが驚いた表情を見せるが、やはりネイヤは表情を変えない。

 俺たちも海賊のことはさっき知ったばかりで、ベネトナシュたちに前もって伝えるのは不可能だ。――――ということは……。


「ここへ到着するのと同時に、俺たちが船を調達できないと予測して、先手を打ってくれたのか」


「そこまで大袈裟なものではありません。山へ向かってから、ネイヤ様からの連絡が途絶えたのは不可解でしたが、移動中に、再びシュレスターへ向かい始めたので、間違いなく必要になると思いまして」


「それにしても、手際がよくて感心する。よく海賊の居場所がわかったな」


 海賊の船を奪うなんて選択肢は、俺の中では生まれなかった。

 生まれの違いか、それとも経験の違いなのか、ベネトナシュの着眼点と行動力には目を見張るものがある。


「ベネトナシュは元海賊ですから、海賊の考えることは手にとるようにわかるのです」とネイヤがさらりと口を割った。


「ネイヤ様っ!」


「よいではないですか。何も恥じることはありません」


 元海賊と知られるのが嫌だったのか、ベネトナシュはいつになく慌てた姿を晒す。


「なるほど、それでか」


 他の者とは違ったたくましさと着眼点、それに男勝りな行動力はそこからきているのか、と感心してベネトナシュを見つめる。すると、ベネトナシュから睨み返された。


「私の肌は、元海賊とは関係ありませんから」とベネトナシュが声を荒らげた。


 確かに、海で働く者は肌が焼けている者が多い。

 縄で縛られている男たちを見ても、その肌は日に焼け黒くなっている。

 ベネトナシュが元海賊だと知れば、そういう目で見る者も少なからず出てくるのだろう。

 しかし、日に焼けた男たちの肌は黒いだけでなく荒れており、ベネトナシュの肌とは似て非なるものだ。


「ベネトナシュの肌は生まれつきだろう。堂々としていればいい」


「……ありがとうございます」


「それと勘違いさせたようだが、俺が見ていたのは、ベネトナシュの行動力に感心していたからだ。元海賊なんてのは、俺にはどうでもいいことだ」


 ベネトナシュは返事をせず、頭を下げるとフェクダの下に走ってゆく。

 俺はその背を黙って見送るしかなかった。


「……何か気に障ることを言ったか?……」


「ただの照れ隠しかと。ベネトナシュはあの肌を気にしているようでしたので」


「気にするようなものでもないだろう」


「やはり、ウォルス様は見た目で判断される方ではありませんね。ベネトナシュが元海賊だとわかれば、皆最初は、あの肌を海賊と結びつけてきましたから」


「それで以前は、あの仮面をしていたのか?」


「そのためではありませんが、理由の一つではあります」


 あのベネトナシュでも、そんなつまらないことをコンプレックスにしているのか、などと考えながら海賊たちの前まで近づくと、海賊から睨まれる。

 既に海賊の前にいたはずの、フィーエルやセレティアにはそんな目を向けていないというのに、なぜか全員俺を睨んでくる。


「俺が何かしたっていうのか」


「あんたがこの集団の頭だろ。オレたちをどうするつもりだ」


 俺とセレティアたちとの目が交錯する。

 どうやらこの海賊たちは、この中で唯一男である俺が、皆を率いていると思っているらしい。

 訂正しようとしたところ、セレティアから笑顔で止められる。

 面白いからそのままやってちょうだい、とでも言いたげな顔だ。

 もしかすると、面倒だからやってくれというものかもしれない。


「ベネトナシュ、海賊のことを知ったということは、討伐対象になっていることはわかっていたんだよな」


「当然です」


「衛兵に突き出さず、ここに拘束しておいたということは、利用するかどうか、決定権をセレティアに委ねたというわけか」


 俺に振った話をセレティアに振り直すが、軽く手で払われ突き返された。

 やはり面倒だから俺に振ったようだ。


「さっきから何の話をしてんだ」


 海賊が怪訝な目で俺とベネトナシュを見てくる。

 こいつらはどうして自分たちが拘束されているか、まだその理由にさえ気づいていないとみえる。


「お前たちを衛兵に突き出すか、南の大陸までの航海に付き合わせるかの話をしてるんだよ」


「はぁ? 誰が魔物がいる海域なんかに行くかよ。それならさっさと突き出されたほうがマシだっつうの」


「……そうか、じゃあ訂正だな。別に俺たちはお前たちを突き出す必要はない。ここで殺して船を頂戴するか、お前たちを生かして航海に付き合わせるかの二択しかない」


 大陸まで行くなら、なるべく大きい船がいい。

 そうなると、船員の数もそれなりに必要で、こいつらをタダ働きさせるか、新しく雇うかという話になる。

 金も時間もかかり、必然的にこいつらを使わざるをえない状況になっているわけだが、無理やりやらせても良い結果は生まれそうにない。

 ここは無理やり従わせるより、自主的に運んでもらいたいところだが……。


「それでいいよな、セレティア」


「――――そうね、この海賊を突き出して、あの商人ギルドに、利するような真似をするのも癪だし、船さえあればどうにかなるでしょう」


 セレティアの冷たい声音に、海賊たちの顔が青くなる。

 この答えは、二択を無視した、最初からこいつらを必要としないものだ。


「わかりました、喜んで南の大陸まで運ばせていただきます!」


 洞窟内に、海賊たちの生きのいい声が反響する。


「ものわかりがいい海賊でよかったわね、ウォルス」


 屈託のない笑顔が、俺の背筋まで凍らせた。

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