第53話 奴隷、合流する

「船が出せないってどういうこと?」


「ですから、外海に大型の魔物が出るようになったんですよ。それに、戦争が始まってからは、海賊も頻繁に出没するようになりまして。漁船でさえ、軍が協力してくれる日にだけ漁に出られるんです。出すとすれば、通常の一〇倍以上の金額はいただきませんと……」


「だからって……」


 セレティアは名が売れたユーレシア王国の名を出せばいけると踏み、商人ギルドで交渉してみせると意気込んで名乗り出た、だが、それもあっさり覆され、涙目になってカウンターから戻ってきた。


「ダメだったろ」


「……まだ、手はあるわよ」


 辺境の町から急いで戻ってきた俺たちは、シュレスター港に停泊していた漁船に声をかけたが全て断られ、最終手段として商人ギルドと交渉したのだが、その道さえ閉ざされてしまっていた。


「……海賊を討伐すれば、少しは話を聞いてもらえるんじゃないかしら」


「魔物が出るから無理だろう」


「それじゃあ、軍に直接船を出してもらえるようには……できないわよね」


「そんな取引材料はないからな」


 セレティアが肩を落とし、俺の後ろでは同じようにフィーエルが肩を落としていた。

 俺としても、南の大陸には行ってやりたいが、状況が悪すぎる。

 シュレスターの商人ギルドは、どちらかというと親切で、俺たちの話をしっかり聞いてくれてはいるが、やはり、拝金主義であり、何より命の危険が伴う行動は、金額が跳ね上がって手が出ない。


「では、この際、船を購入するというのはどうでしょうか」とネイヤが真面目な顔をして言った。


「海を渡る船だぞ、それなりの大きさがいるし、それを買うとなったら、いくら安物でも金額が凄いことになるぞ。それこそ、商人ギルドに頼むより金がかかる」


 それを操縦する人員も必要な分、確実に金はかかるだろう。

 商人ギルドが足元を見ているのは間違いないが、ないものはどうしようもない。


「商人に渡すくらいなら、まだ購入したほうが船も残りますし、お金も私が貯めた分を使っていただければ、少しは足しになるかと」


「従者から金を借りるとか、セレティアの立つ瀬がない」


 セレティアは額を押さえ、天を仰いでしまっている。

 それを見たネイヤは、すぐさまセレティアの前で片膝を突いた。


「セレティア様、申し訳ございません。出過ぎた真似を」


「いいのよ、ネイヤの気持ちは嬉しいから。ただちょっと、お金がない自分が情けなくなっただけだから」


 だが、本当に恥を忍んで金を借りるなり、本国から調達するなりしなければ、海を渡ることさえままならない。

 海を渡ってからも大変だというのに、その前で完全につまづくとは想定外だ。


「わかりました。ならば、ここには風属性魔法を扱える優秀なフィーエルと、セレティア様がいらっしゃるのですから、空を飛んでいくというのはどうでしょうか」


「ネイヤ、それは無理だ。外海を越える魔力と魔法力、それはフィーエル一人でギリギリ行けるレベルだろう。セレティアにはその魔力がない」


「ちょっと待って、わたし一人なら魔素変換できるから、魔力を補えるわよ。ウォルスとネイヤの分は無理だけど。その前に、飛行魔法はそこまで得意じゃないのよ……」


「それもあるが、魔素変換は危険なんだよ。あれは魔法力を酷使しすぎる。無理をして使えば体を蝕まれ、最悪、命を落とすことになるぞ」


「大丈夫よ、魔素変換で死んだ人なんて聞いたことないから」


 魔素変換について指摘できる機会を得たというのに、肝心のセレティアが俺の言葉など意に介さず、聞く耳を持たない。


 確かに魔素変換で死ぬのは、ごく一部の優秀な魔法師、もしくは極端に体が弱い魔法師くらいしかいない。

 前者は自らの魔法力に耐えられない者だが、それを公にすることは少なく、後者は元から体が弱いということもあり、死因は別のものと間違えられることがほとんどだろう。


 つまり、そんな魔法師と接触したことすらない俺が、例としてアルスの名前を挙げることすらできない、ということに他ならない。


「セレティア様、ウォルスさんが言っていることは間違いではありません」


「魔素変換で死ぬ、という話?」


「正確には、魔法力による自滅です。アルスさまも強大な魔法力に、自分の体が悲鳴を上げたんです」


「――でも、それはアルス・ディットランドのような魔法師だからでしょ。私はそんな強大な魔法力なんてないから平気よ」


「アルスさまほどではありませんが、セレティアさまも天才です。アルスさまのような魔力保有量がない分、魔素変換に頼って一気に魔力を得れば、同じようなことが起こらないとも限りません。ウォルスさんの命も共有してるのなら、無闇に魔素変換を使わず、しっかり言うことを聞くのも大事なことです」


 俺のこととなると、フィーエルは饒舌になるのはわかっていたが、王女相手でも怯むことなく、真正面からぶつかっていくのには頭が下がる。

 それに、天才呼ばわりされたセレティアも、満更ではなさそうだ。


「……わかったわよ。それなら、無理のない範囲でしか使わないから」


 セレティアは自分がしていたことが悪かったと気づいたのか、俺の顔色を窺うような目を向けてくる。


「別に俺のことは気にしなくていいぞ。自分の命なんだ、無駄に削ることはないだろう」


「そ、そうね、わたしに魔法を使わせないように、ウォルスが頑張って働いてくれさえすればいいのよね」


「まあ、そういうことだ」


 セレティアの性格では、それでも限界を超えて使いそうではある。

 注意して見ておかなかればいけないのが、今後の俺の役目といったところか。

 やはり、魔法に関してはフィーエルがいてくれると、何かと助かる。

 俺が立場上言えないことも、フィーエルなら遠慮なく言えるのはありがたい。


 セレティアの魔素変換という、一つ気になっていたことが解消へ向けて一歩前進した、と気分をよくしたのも一瞬。すぐに船の件は何も解決していないことを思い出した。


「あとは船の調達か」


 思わず口にした、その時、背後に複数の気配が現れた。



 そこには、ユーレシア王国にいるはずのベネトナシュたちが、元気そうな顔をして並んでいた。

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