第52話 奴隷、懐かしむ

 俺が口にした名前に、セレティアとネイヤが互いの顔を見ては、同じように顔を横に振った。


「何を言ってるのよ、それはかなり前に、アルス・ディットランドが討伐したはずよ、ねえ、ネイヤ」


「セレティア様の言うとおりです。その暴食竜が生きているわけが……」


 そこまで言って、ネイヤの表情が固まる。

 ネイヤは気づいたのだろう。

 あれが、錬金人形で蘇った暴食竜ヘルアーティオだと。

 しばらくして、セレティアもそのことに気づき、表情を凍らせた。


「まさか、暴食竜を錬金人形にしたというの?」


「そういうことになるな」


「で、でも、あれが本当に暴食竜とは限らないでしょ……、他の、残ってる四大竜の一匹かもしれないじゃない」


 セレティアの言うとおり、今ここで、俺にそれを証明する術はない。

 この距離では攻撃すら届かず、戦闘になれば、たとえ錬金人形といえど被害は甚大。

 ここは奴が通り過ぎるのを祈るしかない。


 だが、この町の住民は違っていた。

 頭上を舞う竜を前にして、男の大半は魂が抜けたように空を見つめ、女たちはというと、膝を折って大地にひざまずき、怯えもせず、導師様と口にして祈りだしたのだ。


「あれに、お前たちが言っていた導師がいるのか」


「私たちにはわかる。あそこに導師様がおられると」


 確かに、凶暴性が高いヘルアーティオが襲ってこないのは、何か理由があるはずだ。

 錬金人形の様子もおかしく、こんな辺境にヘルアーティオを知っている者もいないはずで、操るなら側にいるのが合理的ではある。


 しかし、ここで一つのことが引っかかった。

 錬金人形を創るには、その者の体の一部が必要となる。

 暴食竜ヘルアーティオの体の大半は、俺が完全に消滅させたが、頭部に関しては、討伐の証明として教会本部に差し出したのだ。


 その頭部の在処は、俺と教皇、それに一部の枢機卿だけが知っているだけで、第三者が知ることはまずない。ともすれば、あれを創ったのはアルスか、アルスと繋がっていると思われる者、最悪の場合、教会ということになってしまう。

 アルスは錬金人形と繋がっていないかもしれないと思われたが、やはり関係がある可能性のほうが優勢になったか。と俺の中に、再びアルスに対する黒い感情が湧き立つ。


「邪教は、あんなものまで錬金人形にして、いったい何を考えてるのかしら……」


 セレティアが見つめる先、大空を旋回するヘルアーティオはこちらに気づく様子もなく、南へ真っ直ぐ飛んでゆく。

 この町を見るだけなら、共存を目指しているのかとも思えるが、あれだけの力を手中に収めるということは、それだけ力を必要としているということだろう。


 まだヘルアーティオに襲われたという話を聞かない以上、その時ではないのか、それとも、違う目的で必要なのか……。

 何にせよ、これで教会、ひいては冒険者ギルドすら完全に信用できなくなったというわけだ。


 直近の問題は、それをどうやってセレティアとネイヤに伝えるか……。


「……これで、教会も信用できなくなりましたね」


 フィーエルは空に消えたヘルアーティオを見つめながら、独り言のように呟いた。


「フィーエル、どうして教会が信用できなくなるのよ」


「それは、あの暴食竜ヘルアーティオの死骸の一部である頭部は、教会の上層部の者しか知らない場所に封印されていると、聞いたことがあるからです。少なくとも、教会の中に裏切り者がいると見て間違いないと思います」


 アルスの可能性もあるが、フィーエルはわざと排除しているのだろう。

 すぐ側で見ていて、こんなことをしていた形跡がないのもあるだろうが、心情的に隠そうとしているのだと俺は判断した。


「でも、暴食竜を倒したアルス・ディットランドなら、その封印場所も知ってるんじゃない? 生き返ったっていう怪しい話もあるのだし、除外するのはどうかと思うわ」


「それは……」


 勘が鋭いセレティアらしい意見で、フィーエルが答えに詰まり、助けを求めるように俺のほうへ顔を向けた。


「まあ、除外するのは時期尚早だな。フィーエルが言うように、教会が一番怪しいのは変わらないが」


 安堵するセレティアと、対照的な反応を示すフィーエル。

 可哀想だが、ここはアルスを除外させるわけにはいかない。

 時系列は解決していないが、全く無関係ということはないはずだ。 


「ウォルス様、セレティア様、この者たちはどういたしましょう」


 集団を監視していたネイヤから声がかかる。

 女たちは立ち上がり、呆然と空を見上げていた錬金人形も意識を取り戻したあと、俺たちがどう動くか様子を窺い始めていた。


「どうするも何も、さっき言ったとおりよ。わたしたちはこの町とは関わらない。ろくな情報も持ってないようだし、好きにすればいいわ」


「そういうことだ。俺たちは今後、お前たちと関わるつもりはない。当然のことだが、今後この件で何が起きようと、助けることもしない。いいな?」


 俺が集団に向かって声を張ると、ようやく俺への敵対心が薄れてゆく。

 信用していなかった連中にとって、助けないという突き放す言葉が、何より信用できる言葉だったのかと、俺は目の前の錬金人形、女子供が不憫でならない。


 今が仮初めの幸せであろうと、本人にとってみればそれが全てなのだろう。

 導師とやらの目的がわからない以上、錬金人形がこのまま何もせず、過去の人物のまま活動するとは限らない。

 いつの日か、牙を向くことだって考えられる。


「フィーエル、どうかしたのか?」


 集団が引き上げていく中、フィーエルだけが再びヘルアーティオが消えた空を見つめ、不安に満ちた表情を浮かべていた。

 ヘルアーティオとともに、アルスがいた可能性を危惧しているのかと思ったが、どうやらそんな雰囲気でもない。


「ヘルアーティオが飛んでいった方角が気になって……」


「あっちは南だな……」


 この山岳地帯から南は、カサンドラ王国の港町しかなく、それから先は大海が広がっている。それを越えれば南の大陸、神樹の森が広がるエルフの領域だ。


「まさか、神樹の森を目指していったのか!?」


 邪教として、積極的にエルフの地に向かう理由は見つからない。

 だが、アルスならばフィーエルに対する見せしめ、導師が別人ならば、錬金魔法に対する証拠隠滅というのも考えられる。


「セレティア、ネイヤには言っておいたんだが、次の目的地はエルフが管轄している神樹の森だ。ヘルアーティオが向かったのも神樹の森かもしれない。急いで港に向かうぞ」


「えっ? 海を越えるの? 流石に許可なんてしないわよ」


「行かなきゃいけないんだよ。それに、エルフの協力を得られれば、ユーレシア王国の魔法レベルは飛躍的に上がるだろうし、何より、人間嫌いのエルフと唯一友好関係を築いた国として、存在感を一気に上げるには、これ以上の手はない」


 かつて、アルス・ディットランドもエルフと友好を築こうとしたが、それは上手くはいかなかった。

 理由は簡単だ。フィーエルが俺に付いてきてしまったからだ。

 ハイエルフのフィーエルは、エルフの中でも特別な地位にあり、そのフィーエルを奪った男として、俺はエルフから嫌われてしまった。


 だが、俺が示したメリットに対してもセレティアは悩み、首を縦には振らない。

 そんなセレティアを前に、フィーエルが突然頭を下げた。

 直角に折り曲げられた腰は、小柄なフィーエルをさらに小さくし、一生懸命さ以上に、それを見ている者に罪悪感を植え付ける。


「――――もう、わかったわよ。行くから頭を上げてちょうだい」


 頭を上げたフィーエルが、セレティアに満面の笑みを返し、礼を述べる。

 やれやれ、といった顔をするセレティアを見ていると、昔の自分とフィーエルを見ているようで、少し可笑しく見えた。

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