第51話 奴隷、悪夢を目にする
「いったい何の音よ」
セレティアは耳を塞ぎ、渋面を作る。
耳を
「笛を吹くのをやめなさい」
子供相手にも容赦のないネイヤは、笛を強引に取り上げ、それを確認し始める。
「それがどうかしたのか?」
俺の問いに、ネイヤは厳しい表情を返し、「これは魔導具です。音を使い分け、町全体に、何かを連絡したものと思われます」とただならぬ様子で答える。
それを証明するように、険しい表情の老婆が男に付き添われ、家から出てきた。
「さっきのは、導師様に仇なす者に対して吹く音じゃ。うちはもうどうなっても知らんぞ」
「どうなるって言うんだ?」
「それもすぐに、わかるだろうて」
老婆が言ったことは、すぐに目の前に形となって現れる。
町のあちこちから斧や鍬を持った男たちと、その後ろには、女子供までが木の棒や短剣を持ち出し、こちらにやってきたのだ。
「物騒な連中だ」
俺の言葉など聞こえないのだろう。
男たちは家を囲み、俺たちを逃すまいと鼻息を荒くしている。
その数、ざっと五〇人は超えているだろうか。
「そんなものを持ち出して、いったい何事だ?」
「おまえか、教会関係者ってえのは」
斧を持った男が、集団から一歩前へ出る。
人間か錬金人形かもわからないが、血の気が多そうな奴というのだけはわかる。
「何を勘違いしているのか知らないが、俺たちはただの冒険者だぞ」
「だったら、そこの女が取り上げてる笛はなんなんだ」
「近くで鳴らされると、耳が壊れるほどの音だったからな」
ネイヤが大人しく笛を返すと、子供は集団の中に走ってゆく。
ここは適当に誤魔化すか、それとも完全に敵対するのがいいか……。
俺が悩んでいる間に、セレティアが俺の前へと出てゆく。
「わたしたちは、あなたたちが死人から創った錬金人形と暮らしてるのはわかってるの」
斧を持った男は首をかしげるが、後ろの女たちがざわついたところを見ると、この男も錬金人形で間違いないだろう。
こいつらは、自分たちの存在に関することとなると、制限がかかっているように理解できなくなるフシがある。
「あなたたちが錬金人形と遊んでいようと、わたしたちはどうでもいいし、教会に連絡するつもりもないの。ただし、そんな人形がわたしの国に紛れ込まないとも限らないから、わたしはそれを与えた、導師と呼ばれる者と話がしたいのよ」
「そ、そんなこと言って、私たちのことを報告するに決まってるわ」
「そうだ、誰が余所者のお前たちの言うことなんぞ信じるかよ」
集団の中から女が声をあげ、周りの者もそれに乗せられるように俺たちを敵視する。
集団パニックを起こしそうな雰囲気の中、フィーエルは冷静に、粛々と魔法を行使した。
「動きを制限させていただきます」
フィーエルの土属性魔法は地面をうねらせ、大地から触手のような岩を伸ばすと、敵対する者全員の足を拘束し、身動き一つ取れない状態にさせた。
突然の魔法に女たちは悲鳴をあげ、男たちは手にしていた斧や鍬を、足を固定している岩に何度も打ち付けた。
「その程度じゃ意味がないからやめておけ。それより、俺たちの話に耳を傾けろ」
「こんなことをする人の、何を信じろっていうのよ」
女たちは涙を浮かべながら泣き叫ぶ。
「お前たちをどうにかするなら、会話を要求したりしない。それに、そこの錬金人形だが、お前たちは不死と思ってるのかもしれないが、俺の力なら完全に壊すことも可能だぞ」
俺が一歩、二歩と近づくたびに、今まで泣き叫んでいた連中が、嘘のように泣くのをやめてゆく。
これで大人しくなったかと思ったが、その目は俺を仇のように睨みつけたままだ。
「好意的じゃないが、一応話を聞く態度ととっていいんだな?」
話を聞く態度とはいっても、俺の言葉に誰も反応しない。
セレティアは仕方ないとでも言うように、両肩を軽くあげてみせる。
「俺たちは、お前たちが導師と呼ぶ者が知りたいだけだ。そのためなら、ここで見たものは一切口外しないし、関知するような真似もしない。それは約束しよう」
フィーエルに目配せすると、フィーエルは頷き魔法を解いた。
「……導師様の、何を知りたいの?」
女は、木の棒を手にしたまま不敵な笑みを浮かべ、集団から出てきた。
「知っていること全てだ」
「悪いけど、誰も導師様の顔も名前も知らないわ。ただ、私たちを救ってくれた、という事実があるだけよ。どこからともなく現れて、亡くなった主人を連れてきてくれたんだから。ここにいるみんなも似たようなものよ」
女の言葉に、次々頷く住民。
無反応な者は大半が若い男で、やはり、自分に関することとなると反応できないようだ。
「出身も、人数もわからないのか? 目的はなんなんだ」
「私たちが知っているのは、導師様はいつも一人だったということだけ。声を聞いた者もいない。それに、あの方の目的なんてどうでもいいの。私たちにとっては、神も同然なんだから。だってそうでしょ? 誰も成し遂げられなかった、故人を蘇らせることができるのよ。あのお方は神なの」
女は心酔するような語り口で、恍惚な表情を浮かべる。
他の者も似たようなもので、本当に心から導師とやらを慕っているようだ。
――――たった一人で、これだけ広範囲に手を伸ばせる……のか? それとも手分けしているのか。
手分けしているとしても、これだけの魔法を扱える者が何人もいるとは思えない。
一人だとすると、移動手段は何があるか考える。
馬で一人でここまで広範囲を移動となると、それなりに目立つことになる。
では、飛行魔法ならどうか。
飛行魔法は魔力の消費も激しく、それなりに魔法力も必要だ。乱用するならそれなりの肉体が必要となる。
以前の俺、アルスなら魔力、魔法力ともに可能だろうが、それでも王宮を長期離れることになり、時間的に無理が生じる。などと思案していると、山にアルギスの竜を思わせる咆哮が轟く。
「これは何の声よ、またアルギスの竜が出たの?」
「アルギスの竜が、こんな所まで飛んでくるはずがない、それに、この声は違う」
あの時の記憶が蘇ったのか、セレティアが落ち着きをなくし、辺りを見回す。
その時、俺たちの頭上を黒い影が覆った。
「……ウォルス、あれ、アルギスの竜かしら」
セレティアが見上げた視線の先、かなり上空にそれは翼を広げ飛んでいた。
それはアルギスの竜にしては規格外の大きさ、そして、その特殊な鉤爪がある翼の形状は、完全にアルギスの竜とは異なる。
「セレティア様、あれはアルギスの竜とは違います。私も見たことがありません」
そう言うネイヤの隣でも、フィーエルが空を見上げ、全身を小刻みに震わせていた。
俺にはその理由がわかる。
あの黒く禍々しい姿、そして、誰も寄せ付けない圧倒的な存在感。
この場で、その竜の正体を、フィーエルと俺だけが知っていたのだ。
「……あれは厄災、そのものです」
フィーエルの言葉を聞いて、空を見上げていたセレティアの視線が、俺へと向けられた。
「……暴食竜ヘルアーティオだ」
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