第50話 奴隷、老婆の家に

 老婆の家は町の端にあり、馬車はそこまで移動させて隣に置かせてもらい、中へと案内された。広めの家はさっきの若い男と同居しているようで、男はテーブルに着くと自分の家のように、ごく自然にくつろぎ始める。


「どうぞ、どうぞ」と男に勧められ、俺たちも席に着く。


「綺麗なお家ですね」


 フィーエルがぐるっと部屋を見回しながら言う。


「そうかい? まだまだ掃除にもなれなくてね。早く嫁さんをもらいたいよ」


 男は笑って答え、頭を掻いた。

 この家に馬車を移動させている間、街角には若い男が目立ち、特に、老婆と一緒にいる組み合わせを多く目にした。

 老婆とこの男の関係も、素直に受け入れていいのかがわからない。


「この家の人のようだけど、お孫さんかしら」とセレティアが俺に耳打ちする。


「そういうことなんだろうが、ちょっと気になるな」


 引っかかるのは、町にいた連中の中でも、男の年齢についてだ。

 町で見た男の中に中年以降の者はほとんど目にせず、適齢期の男女の組み合わせもそれなりにいたが、その割に子供の姿が極端に少なかった。

 老婆との組み合わせも比率からして多すぎであり、全てが異質なものに感じられた。


「ところで、あんたらどこへ行くつもりなんだい」


 老婆は厨で湯気が昇る飲み物を入れて盆に乗せると、震える手でテーブルへと持ってきた。念の為に、その茶色い飲み物を鑑定魔法にかけるが、特に毒物は検出されない。


「……俺たちはこの地域を通って、国境を越えようと思ってるんだよ」


 咄嗟に出した答えに、セレティアたちも頷いて合わせてくる。


「国境を? またえらく険しい道を選んだもんだね。もしかして、あんたたち……札付きかい」


「そんなわけないだろ。鍛錬がてら、人がいないルートを選んだだけだ」


 老婆は、「そうかい」とだけ返事をよこすと、再び厨へと向かう。

 その後姿を見て、椅子に座ってゆっくりしていた男が立ち上がった。


「オレも手伝うよ」


「あんたは、座っておけばいいんだよ」


「でも、夕食の下ごしらえだろ? それならオレがやるから、母さんは休んでおきなって」


「……じゃあ、手伝っておくれ」


 老婆の言葉で、目の前の若い男が孫ではなく、息子だという事実が判明した。

 それを聞いた途端、セレティアが顔を青くして俺の袖を掴んできた。


「どういうことよ」


「俺に聞かれても困る……養子、でもないよな」


 軽く五十歳は離れていると思われる親子に、俺たちはしばし閉口するしかなかった。

 町で見かけた老婆と若い男たちも、同じように親子なのかもしれない。

 そうなれば、ますますこの町の住人の構成がおかしいことになる。


「まさかとは思うが……」


 嫌な考えが脳裏をかすめた。

 クロリナ教を町から排除し、町の住人全てが背教者となっていると考えると、邪教を受け入れている可能性も十分考えられる。

 いや、受け入れずにクロリナ教を捨てる意味がない。

 今までクロリナ教にすがっていた者が、突然、何にも縋ることなく生きてゆくには無理がある。


「ウォルス様、ここははっきり聞いたほうがよいのでは」


 ネイヤは若い男から視線を外さず、さっきまではなかった警戒の色を見せ始め、セレティアとフィーエルも、ネイヤに賛同するように頷き、俺に促してきた。


「――――そういえば、このカサンドラ王国は今、レイン王国と戦争中だそうだが、この町は男手が多いんだな」


「……そんなもん知らないね」


 包丁を持った老婆の手に変化はなく、隣に立つ息子にも、これといった変化は見られない。


「本当か嘘かは知らないが、不死者の噂も聞いたよ。何でも死人の骨を使って、生き返ったように見せる魔法があるらしい」


「……どうして、今そんな話をするんだい」


 今まで老婆によってリズミカルに打ち付けられていた包丁の音が、ピタリと止まる。

 男も野菜を洗っていた手を止め、こちらに顔を向けてきた。


「この噂は裏に邪教が関係ある、とも聞いたからな。この町はクロリナ教を棄教しているようだし、何か知ってそうだと思っただけだ」


「あんたら何もんだい……うちらの生活を壊しにきたのか」


 老婆は包丁を握りしめたままこちらに振り返るが、男はそれを止める素振りを見せた。


「母さん、やりすぎだ」


「だってさ、うちらの生活を壊しにきたんだよ……こいつらは」


 男は老婆から包丁を取り上げ、まな板の上にそっと置く。

 実に人間らしい姿を見せる――――が、この老婆の反応から推察する限り、この男は人間ではない可能性のほうが大きい。

 この町の不自然なほどに多い男手と、錬金人形には関係があるとみているのは俺だけではなかった。


「そのご子息、本当に人間でしょうか?」


 ネイヤが、温度が感じられないほど、無機質で冷たい声音で尋ねた。


「見てわかんないのかい! どう見たって人間じゃないか……やっぱり、あんたらは怪しいね。教会の手先じゃろ」


「だから、それは違うと言ったはずだ。俺たちはどちらかと言えば、それを創った奴を知りたいくらいなんだが」


「あんたらが、導師様になんの用があるっていうんだい。言ってみな、言えないじゃろ。あんたらは、教会に頼まれて、うちらを監視しにきたに違いない」


 老婆は、老婆とは思えぬ怒りに満ちた表情を浮かべ、俺たちに近づいてくる。

 この老婆が口にした導師――――今までわからなかった、錬金人形を創った人物について、ここの人間は何かを知っている。


「クロリナ教なんて、誰も救っちゃくれなかった。息子も、村の若いもんも、国に殺されちまったのを、導師様が救ってくれたんだよ。あんたたちは、そんなうちらに何ができるのさ」


「――――でも、それは生き返ったわけじゃないのよ」


「うるさいねッ、うちらが生きてると言ったら生きてるんだよッ」


 セレティアに掴みかかろうとする老婆の肩を、男が取り押さえる。

 何とも皮肉な光景が目の前に広がっているが、これも、老婆の中にある息子なら、こういう行動を取るだろうという、記憶を読み取っているだけに過ぎない。


「その錬金人形は死者に対する冒涜だ。それは婆さんのオモチャ、慰みものじゃないだろう?」


「当たり前だよ、慰みものなんかじゃない……息子は生きてるんじゃ……」


 老婆は男にもたれかかりながら、近くにあった椅子へと腰を下ろす。

 少しは落ち着きを取り戻したか、と安堵したその時、窓の外に動く人影がこちらを見つめていた。

 それは、ちょうど窓から首だけが出るくらいの子供で、その子供は俺と目が合うと慌てて笛を咥え、町中に響き渡るくらいの音を鳴らした。

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