第49話 奴隷、とある町に着く

 山岳地帯を進んで十数日、山の谷間に目的の町を目視するところまでやってきた。

 数百人程度の小さな町で、町の中央には教会の鐘塔しょうとうらしきものも見える。

 ムラージの情報から、もっと廃れた町のイメージだったのだが、なんてことはない、ただの、のんびりした辺境の町そのものだ。


 このあまりに拍子抜けする光景に、セレティアは「あの男に騙されたんじゃないかしら」などと口にしては、何度も溜息を吐いた。


「まだ調べてもないんだ、そう溜息を吐かれるとこちらも滅入る。この移動時間で、俺は三等級魔法を覚えたし、ネイヤも、何とか魔力循環はできるようになったんだから、よしとしようじゃないか」


「それはよかったと思ってるわよ。また帰りも野営が続くと思うとね。今日はちゃんとしたベッドで寝られるのかしら」


 こんな辺境の町に宿があるかと問われれば、ない、という答えしかない。

 教会があるなら、もしかするとベッドが余っているかもしれないというくらいだ。


 町に入り、教会を目指し馬車を走らせていると、意外なほどに町の住人がいることに気づく。それも男女二人以上でいる者が多い。

 辺境でこの程度の規模の町なら、若い男は出稼ぎや徴兵、志願制度で出ていっている者が多くてもいいはずなのだが、そんなこととは無縁のように、よく目に入ってくる。


「何の変哲もない町ね」


「見た目は普通……のようですが」


 セレティアの表情に比べ、ネイヤの表情が少々険しい。

 町のあちこちを見ては、首をかしげている。

 セレティアの言葉に乗ってはいるが、平民出身のネイヤはこの違和感に気づいているように見える。

 俺もクラウン制度で旅をした経験がなければ、この些細な異変に気づかなかったかもしれない。


「ウォルスさん、もうすぐ教会ですけど、なんだか様子が変です」


 フィーエルが見つめる先にある教会。

 だが、その教会の扉は破壊され、既にその形を失っていた。

 遠くから見えた鐘塔の先端にも、あるべきはずの鐘はなく、ただ空虚な空間があるだけだ。


「近くまで来てみれば、案外露骨だな」


「これでこそ、来た甲斐があるというものね」


 さっきまでのやつれた姿とは打って変わり、セレティアが生き生きとした表情へと変わる。


「そこは喜ぶべきところなのか」


「当然じゃない。間違いなく手掛かりがあるのよ」


 確かにそうだが、ここまで教会をないがしろにするのは、それだけこの町が邪教に染まり、危険だということと同義じゃないのか、と俺は警戒を強めるしかない。


「一応中を調べるか」


 教会の脇に馬車を停め、薄暗く、ホコリ臭い教会内へ足を踏み入れる。

 かなりの時間、手入れをされていないのだろう。縦に整然と並べられている長椅子には、相応のホコリが積もり、正面のエディナ神の像も色褪せていた。


「ここは司祭も放棄した、と見て間違いないな」


 この荒れようからして、こちらで邪教を探るのをなぜ優先しなかったのか、教会の方針に首をかしげざるをえない。


「あんたら、ここで何をしとるんや」


 背後から、しわがれた声が教会内に響く。


「俺たちは怪しい者じゃない。ただの冒険者だ。通りすがりに泊まれそうなところを探してたんだが、この教会はどうなってるんだ?」と俺はいかにもクロリナ教に興味がなさそうに口にした。


 目の前の老婆は背筋が曲がってはいるが、眼光鋭く、俺たちをじっくりと観察して警戒を怠らない姿は、ただの老婆ではないとこちらも身構えるほどだ。


「教会関係者じゃろう」


「そんな風に見えるか?」


「ここへ来たもんは、みんなそう言うからの」


 教会も手をこまねいただけじゃなく、何かしら手を打とうとはしていたということか。ただ、邪教と関係あるかがわからなかったのか……?


「俺たちが教会関係者に見えるなんて、何かの冗談だろう」と俺は口にした瞬間、色褪せたエディナ神の像に向かって無属性の魔法を放ち、粉々に砕いてやった。


「どうだ? これでわかっただろ」


 老婆は一瞬驚いた顔を見せたが、鼻を鳴らすとすぐに元の顔へと戻る。

 しかし、さっきまでの警戒は嘘のように消えていた。


「そこまでする奴は、今まで見なかったわ。いいだろう、うちに泊まるといい」


 老婆は背を向けてゆっくりと歩きだし、顔だけをこちらに向ける。


「だが、さっさとこの町は出ていってもらうからの」


 老婆が外に待たせていた若い男に声をかけると、男はこちらに会釈し、老婆に駆け寄ってゆく。男は老婆を労るように支え、ともに教会から離れてゆく。


「エディナ神の像を壊すなんて、神をも恐れぬ所業ね。誰が邪教徒かわかったものじゃないわね」


「邪教を倒すためだ、そのくらい大目に見てくれるだろ」


 セレティアはクスリと笑い、老婆のあとを追いかけるように歩き出した。


 像を壊した程度で、いまさらエディナ神もとやかく言うまい。

 俺は死者蘇生魔法を研究し、転生魔法という、世のことわりを一度外れた身で、そちらのほうが余程大罪なのだから。

 そう考えると、俺の存在自体が邪教徒そのもの、といってもいいのではないかとさえ思えてくる。


「ウォルスさん、行きましょう」


 気がつくと、ネイヤはセレティアのあとを追って教会を出ており、俺とフィーエルだけが取り残されていた。


「ああ、そうだな」


 俺に向けられるフィーエルの笑顔が、気持ちを少し楽にさせてくれているように思えた。

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