第48話 奴隷、誤解される

 その見事なまでの魔法に、俺は自然に拍手を送っていた。

 そんな俺に、フィーエルは照れくさそうな顔を向け、やるように勧めてくる。


「大まかな魔力の流れはわかったが、そう上手くはいかないだろうな」と俺は前置きをして、同じように魔力を練り始めた。


 魔法の常時発動をやめてしまったセレティアが、高みの見物をするかのように、腕を組んで俺の魔法をじっくりと観察してくる。

 流石に、いきなり成功させるわけにはいかないかと、数回失敗してみせ、地面に大量の水をぶちまけた。


「そうでしょ、難しいでしょ? だから言ったのよ」とセレティアは安堵した様子で言う。


「セレティアは気が早いな、俺は初心者なんだぞ」


「わたしは、一日目でももう少しマシだったわよ」


「……そうなのか。それは凄いな」


 いきなり三等級に挑戦する無謀な奴を見たことがないし、どのくらいで使えるのが適切なのかがわからない。だが、セレティアがもう少し使えたというのなら、こちらも遠慮する必要はないだろう。ということで、俺も初日から成功させてみることにした。


「コツは掴んだ。確か、もう少し魔力を手のひらに集中したほうがいいんだな」


 俺は水弾を作り、さっきの切り株目掛けて放った。

 フィーエルが放った水弾とは違い、荒々しい魔力を放出する水弾は、切り株を粉砕し、地面に穴を空けてやっと霧散する。


「フィーエルほど、綺麗な水弾にはならないな」


 フィーエルが放った水弾よりも魔力を雑に練り、少し荒めの三等級魔法として放ってみたが、何やら二人の様子がおかしい。


「魔法の才能があるんですかネー。初日から、こんな威力は見たことがないデスヨー」と両手を合わせ、これまた下手な演技をするフィーエルの横では、「どうして、今のわたしより威力が高い水弾が撃てるのよ」とセレティアが歯ぎしりを起こしながら怒っていた。


 どうやら、今の魔法でもやりすぎだったようだ。

 フィーエルの魔法を基準にしたのが失敗だったか、と俺は必死に言い訳を考えた。


「普段から魔力循環を行っているからな、それなりに才能があったんだろう。それに前もって勉強済みだったからな、コツさえ掴めば三等級くらい、どうということはない」


「……いったいどんな勉強をしたら、そんなことができるっていうのよ」


「それは秘密だ。血反吐を吐くような勉強、とでも思っておいてくれ」


「勉強で血反吐を吐くなんて、想像すらできないわよ」


 自分で言っておきながら、俺も想像がつかない。

 だが、その見本となるようなものが、目の前で起こっていた。


「セレティア、その目でネイヤを、よーく見てみるといい」


「ネイヤなら、まだ魔力循環の基礎鍛錬中でしょ……って、口から血が流れてるじゃない!」


 ネイヤを見ていてわかるのは、その基礎鍛錬が上手くいっていない、ということだ。

 それが一番わかっているのがネイヤ自身。だからこそ、そのあまりの悔しさに下唇を噛み、血を流しているのだろう。


「つまりは、ああいうことだ」


「ネイヤならわかるけど、ウォルスがあそこまでやる姿が目に浮かばないわ」


「悪かったな、俺は何でもそつなくこなすから知らないだけだ」


「そうね、ウォルスが苦労したり苦戦している姿なんて、一度も見たことないもの。できて当たり前だと思ってる部分もあるのよね」


 俺を素直に認めるとは珍しい。とセレティアの顔を見ると、ちょうど互いの目が逢った。だが、セレティアはすぐさま視線を外すと、俺に指を突きつけてきた。


「か、勘違いしないでよ。わたしは事実を言ったまでで、魔法までできるとは思ってなかったし、他意はないから」


「誰も疑ってないから安心してくれ」


 そこまで思われていたら、普通はプレッシャーにしかならない。

 できないこともある、と思われていたほうが気が楽だ。

 しかし、今はそんなことよりも――――。


「ネイヤ、一旦鍛錬は中止だ」


「……すみません。自分の不甲斐なさに、怒りが込み上げます」


「いや、初めてなら仕方ないと思う」


 そう俺が言った瞬間、ネイヤの視線が切り株へと向かう。

 何か言いたそうな表情をするが、口に出す様子はない。

 俺と比べるのはそもそも間違いなんだが、とは言えず、俺はしばし考えた。

 その結果、少し強引だが、無理やりこじ開けてみるという答えに行き着いた。


 本来、魔力循環が必要な者は、適応力が高い十代前半までには済ませておくのが通例である。

 やらない者は自然とできている者か、こういうこととは無縁の生き方をする者に限られる。

 ネイヤの場合、魔法師嫌いと魔力が少ないのとが合わさり、この年齢まで避けていたのが仇となっているのだろう。


「感覚さえ掴めばできるようになるだろうし、俺の強引なやり方でいいなら、感覚くらいは理解できる方法があるが、やってみるか? その分、キツいかもしれないが我慢できるか?」


「お願いします。是非やってください」


 唇から垂れる血を袖で拭い、頬を両手で叩いて気合を入れ直すネイヤ。


「それじゃあ、両手を前に突き出してくれ」


 黙って突き出された手のひらに俺の手のひらを合わせ、向かい合って両手を合わせた形で固定する。

 俺の魔力を無理やりネイヤに循環させて、その感覚を体に覚えさせる作戦だ。

 原理としては問題ない、ただし、異物である俺の魔力が流れ込むことで、ネイヤに何かしら負荷がかかることが予想される。


 それが痛みであったり、不快感であったり、酔いであったり、個人差があると思われるため、ネイヤにどの症状が出るかはわからない。


 だが、やる気を見せるネイヤを前に、いちいちそんな説明をして混乱させても仕方がない。ゆえに、俺は何も伝えず、一気に魔力を流した。


「くっ……ううぅ……ん、んんっ?」


「――――大丈夫か? まだいけるなら続けるが」


 ネイヤは顔を赤らめ、必死に負荷に耐えているように見える。

 だが、予想したどれとも違う、微妙な反応を見せる。


「だ、大丈夫です……今まで感じたことのない、少し、痺れるような感覚があるので……くッ、くはぁああッ!」


 艶のある、おかしな声を出すネイヤの背後から、鍛錬をすることなく、サボって見ていた二人が、怪訝な目で俺を見つめてきた。

 俺が間違ったことをしているかのようなその目は、俺を酷く罪悪感に駆り立てる。


「……今日はもうこのへんで、やめておくか」


「はぁはぁ、はぁ……そうですね、感じはわかりました。魔力循環は、こんな感覚を平然と受け止めているのですね」


「あ、いや、勘違いはするなよ。今は俺の魔力を異物として受け取っているから、そういう感覚になっただけだ。自分の魔力を流すだけなら、何も感じないレベルにはなるからな」


「それなら助かりました。私の精神力では、この感覚に打ち勝てそうにありませんでしたから」


 爽やかな笑顔とともに、ネイヤは膝から崩れ落ち、その場にへたり込んでしまった。

 膝がガクガクと細かく震え、軽く痙攣しているようにも見える。

 初めての魔力の感覚に、少し戸惑っているだけだろう……きっとそうに違いない、と俺は思い込むことにした。


「まだ流れる感覚と、それ以外の感覚が掴めてないだろうし、焦らずやればいい。じきに掴めるようになるはずだ」


 フィーエルとセレティアの顔をあえて見ることはせず、俺はネイヤに飲み物を渡すため、一人馬車へと戻った。

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