第38話 奴隷、死人と出会う

 どれくらいの時間が経過したのだろう。

 朝食を用意していた兵士たちの多くが、既に食事を終え始めている。

 セレティアの苦情に、ムラージが反論せず、素直に受け入れた結果だ。


 俺が誘導したとはいえ、セレティアは自国の成果を奪われただけに留まらず、ムラージが昇進した姿を目にして黙っていられなかったようだ。俺も何もしらない初心うぶな状態だったなら、同じくらい言ったかもしれない。


 だが、ここで一つわかったことがある。

 このムラージという男は、なかなか大人なヤツだということだ。


 ムラージはセレティアがすっきりした表情になったのを確認すると、ぐったりとした表情を見せながらも、俺たちをとある天幕の下へ連れてきた。


「他と比べて、ここだけやけに大きくて、警備が厳重だな」と俺は歩哨を見て言った。


 天幕は他のものと比べて五倍はあり、その周りを歩哨が等間隔で囲んでいる。

 作戦会議を行うには不自然に厳しい警護であり、見られてはいけない、何か、を隠しているのは確実、と俺は判断した。それは俺だけではないようで、セレティアたちも同様に、何かに期待する表情を浮かべている。


「ムラージ様、その者たちは?」


 入り口を守る歩哨の一人が、俺たちを睨みつつムラージに近づいた。


「これは俺の命の恩人だ。怪しい奴じゃない。それより、中に誰かいるのか?」


「団長と数名いらっしゃいますが」


「……そうか、まあ何とかしよう……」


 ムラージは俺たちに待機しておくように言うと、一人、天幕の中へと入っていった。


 そんなムラージの姿を見て、「大丈夫かしら」とセレティアが心配そうに言う。


「あれだけセレティアに言われたんだし、手ぶらということはないだろ」


「そんなに言ってないと思うわよ」


 セレティアはそこまで言った覚えはないといった感じで、ネイヤとフィーエルに確認し始めた。自覚がないというのは怖ろしいものだ、と俺は少しムラージに同情してしまった。

 ネイヤとフィーエルが説明を始めると、天幕から何かを殴りつけたような音が響く。すると、天幕からムラージが顔の右半分だけ覗かせ、手招きをしてきた。


「上手くいったようだぞ」


「何を見せてくれるのかしら、楽しみね」


 天幕の中に入ると、顔の左半分を腫らしたムラージの他に、団長と思われる老齢の騎士、それ以外に三人の騎士と、地中に刺された金属の棒に鎖で縛られた男が一人いた。


「これは遠いところをよく参られた。わしはカサンドラ王国聖海守護騎士団団長、アレクサス・ブラッサンドと申す。そなたらのことは、たった今、ムラージから聞いた。よくぞあのレイン王国の女狐を討ってくれた」と騎士団長は俺の手を握ってきた。


 どういうことか意味がわからず、ムラージに顔を向けると、苦笑を返してきた。

 この反応と状況から考えると、レイン王国の女を殺ったのも自分の手柄にしていた、とみるのが妥当だろうか。ムラージが上一級騎士に昇進し、この場で顔を腫らし、騎士団長がここまで軟化している態度に説明がつく。


「カサンドラ王国はここ数年、クラウン制度で国を出た貴族が数人殺られていてな、そこのムラージにはそのことは伏せ、冒険者をやらせて探らせていたのだが、まさか、他人の手柄を買い取っていたなどと、騎士にあるまじき、恥ずべき行為」と騎士団長はムラージを睨みつけた。


「いや、俺がそういう風に誘導させたからな。ブラッサンド殿も、そこまでムラージ殿を責めることはない。それに、俺を追い返さず、この天幕まで連れてきたのは、そこのムラージ殿だ。きっと力になってみせる」


「それは心強い言葉だ。カーリッツ王国では、不死のゴブリンソンビを討伐されたとか」


 騎士団長は俺を、鎖に繋がれた男の前へと連れてゆく。

 男の服装はカサンドラ王国の兵士のものとは違い、レイン王国のものと思われる服を着ている。服はかなり傷んでいるが、その体には不自然なほどに、傷の一つも見当たらない。


「もう話は済んだのかい? さっさとオレを解放してくれよ。マルクからも言ってやってくれ」と男は軽い口調で言うと、脇に立つ騎士へと顔を向けた。


「関係がよくわからないな。この鎖の男は敵兵ではないのか?」


「この男は敵兵であり、そこのマルクの知り合いのケインといって、一年前に死んだことが確認されている、正真正銘の死人しびとなのだ。まずは、これを見てもらいたい」


 騎士団長はナイフを手にすると、容赦なく男の大腿部に突き刺した。

 男から絶叫が漏れ、騎士団長に対して暴言が吐かれるが、ナイフを抜き去った傷からは血が出ず、その傷すらもしばらくしたら塞がってしまった。


「これが死人の答えなのだ。腕を切り落とそうと血は一滴たりとも出ず、切り落とした腕も自我があるように身体にくっつこうとする始末。死人ゆえ、当然脈もない」


 俺が失敗したゴブリンゾンビに似てはいるが、これは全くの別物だ。

 この男には自我がある。

 それに血が全く出ない、というのもゴブリンゾンビとは違う。

 あれはあくまで、死者蘇生魔法の過程で生まれた変異であり、化け物ではあるが生きていた。


 この男は、死者蘇生魔法で生き返ったのではない。だが、本当にこの男が死人ならば、俺の死者蘇生魔法の上をいく、何か、を受けた存在であることが確定することになる。


「この死人にはまだ、一つ奇妙なことがあるのだ」と騎士団長はマルクという騎士に右手を軽く上げた。


「まだ何かあると?」


「このマルクという男がいなくなると……まあ、見ていればわかる」


 騎士団長の指示でマルクが天幕から出てゆくと、それは起こった。

 さっきまで大腿部の傷に呻き、騎士団長に対して殺意さえ見せていたケインという男は、別人のように黙りこくり、あの男、不死身のガスターのように廃人になったのだ。

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