第39話 奴隷、死人を調べる

「どういうことだ……」


「わしにもわからんのだ。あのマルクが側にいる時にだけ、ケインは元に戻るようでな」


 これなら、同じ症状のガスターも、死人でほぼ間違いないだろう。

 邪教とやらがいつから勢力を拡大していたのか、少なくとも、ガスターが不死身と呼ばれ出す以前からということになる。それどころか、レイン王国、ルモティア王国では、かなり深い部分で勢力を伸ばしていると考えていいのかもしれない。


「このケインという男と同じ症状の男を、ルモティア王国でも見ている。その時はおかしな奴としか思わなかったが、邪教は想像以上に深くまで浸透しているようだ」


「このような化け物に増えてもらっては困るな。それで、この死人を葬る策は見つかりそうかな?」


「少し調べさせてもらえば、おそらくわかるとは思う」


「おお、そうか、それは頼もしい」


 騎士団長は俺の両肩を掴み、強く握りしめてきた。


「……ただし、それには条件がある。このケインという男を調べたい」


「それなら構わぬが? 調べぬとわからぬこともあろう」


 騎士団長は俺の問いの意味がわからない、といった表情を見せる。


「……天幕の中は、俺たちだけにしてほしい。少々手荒なこともするからな」


 騎士団長は一瞬、顔をしかめたがすぐに戻し、後ろに控えていた二人の騎士に目配せをする。

 断られるかと思って提案してみたが、どうやら受け入れるつもりらしい。

 それだけ死人に関する情報がほしいのだろう。

 想像以上に戦況がマズい、ということを意味している。


「ケインは大事な証拠。わしらの目の届かぬ所で、決して葬らないと約束してくれるのなら」


「それは約束しよう」


 騎士団長は二人の騎士を天幕から出させ、最後に、ムラージの首根っこを掴んで出ていった。

 天幕の中には、俺たち四人とケインだけが残されたが、正直なところ、セレティアとネイヤにも出ていってもらわねば困る。だが、セレティアに出ていく気配は欠片も見受けられない。


「今から何をするのかしら?」


「――――そうだな……」と俺は少し考えたふりをして「腕を折ったり、切断したり、色々とすることはある」と声を低くして答えた。


 俺がそう言った瞬間、セレティアの顔から血の気が引いた。


「そ、そのくらいなら平気だわ」


「――――おっと、最終的には脳を引きずり出して、ミンチにしなきゃいけないんだった」


 倒れそうになるセレティアの背を、ネイヤが支え、首を横に振って俺に何かを訴えかけてきた。


「――――外の様子も気になるし、騎士団長の動きを監視する意味でも、セレティアには外にいてもらわないといけないんだった。俺としたことが、うっかりしていた」と俺は額を押さえる。


「そ、そうね、監視は必要よね」


「そういうわけだ。ネイヤ、セレティアを頼む」


「承知しました」


 セレティアはネイヤに体を支えられ、天幕の入り口へと向かう。だが、その足が入り口でピタリと止まる。そして、その顔は、俺の横に立つフィーエルへと向けられた。


「フィーエルも出ていったほうがいいでしょう」


「……悪いが、フィーエルにはいてもらう。魔法についてはフィーエルの力が必要だからな」


「そう、わかったわ……行くわよ、ネイヤ」


 セレティアは複雑な表情をしながらも、黙って天幕を出てゆく。

 今の自分の力では、フィーエルに遠く及ばないことが理解できているからだろう。

 これで、さらに魔法訓練に力を入れてくれればいい。


 ケインを前にしているとはいえ、久しぶりにフィーエルと二人きりなる。だが、それでも決して昔のような素振りは見せない。見せることはない。


「フィーエルは、全属性無効魔法は使えるのか?」


「いえ、私は風属性無効魔法なら使えます」


 使えないのはわかって聞いたが、予想外の答えが返ってきたことに、俺は驚きを隠すのに必死だった。

 単属性無効魔法は一等級魔法の中でも、特に難しい魔法だ。フィーエルはその風属性無効魔法をまだ習得していなかったはずで、昔、俺は習得しておくように言った記憶があった。この十七年の間に、使えるように努力して習得したのだと思うと、危うく頭を撫でるところだった。


「そうか、ならそこで待機だ」


 目の前のケインは相変わらず動きを見せず、鎖に繋がれたまま項垂れている。

 騎士団長が言っていたことが本当かどうか、脈を測ってみるが、何も感じられず、試しに指を切り落としてみることにした。


「キツいなら見なくていいぞ」


 フィーエルは眉をひそめるが、軽く首を振るだけで、その行為を見守る行為をやめない。仕方なく、フィーエルの前で指を切り落とす。


「さっきと違って、痛みに対する反応はないのか」


 騎士団長の言うとおり、こいつに脈はなく、確実に生きてはいない。

 さらに、自我がある時とない時があるように、痛みに対しても反応がまるっきり違う。これはあるものをきっかけに、魔法が発動している、と考えるのが妥当だ。

 

 それがあのマルクという男。

 ガスターの場合は、あの従者になる。

 従者はわからないが、マルクという騎士は敵ではなく、死人の味方となりうることはない。だが、きっかけとして考えるなら、死人の知り合いということが、二人の唯一の共通点と言えるだろう。


 切り落とした指の断面は普通に肉と骨が見えるが、血は全くなく、その切り落とした指先もピクピクと動き、本体に戻ろうとしている。


「こいつの性質を見る限り、十中八九、全属性無効魔法でこいつは解体される。問題なのは、どの属性で解体されるのか、そして、こいつが自我を持って動いている点だ」


 属性を突き止めることが、騎士団長に対する答えになるが、全属性無効魔法を使える者はカサンドラ王国にはいない。この場で全属性無効魔法を使って確かめたと答えることもできない。


「ウォルスさん」とフィーエルがケインの顔から目を離さず、話しかける。


「何か気づいたことでもあるのか」


「この人も、ルモティア王国の千騎将も、本当に自我を持っているんでしょうか……」


 フィーエルの言葉が、脳を揺さぶった。

 全く考えなかった選択肢を、突然目の前に突きつけられた衝撃。

 フィーエルの目には、このケインに自我がないように映っている、ということだ。

 エルフは精霊に近い存在であるがゆえ、心の機微にも人一倍敏感なところがある。だからこそ、こんな疑問が浮かんだのかもしれない。


「自我を持っていない、かもしれないのか」


「自我を持っているにしては不自然ですし、何よりこのケインという人を見ていると、死人というより、ただの器にしか見えないので」


「……器か」


 自我がないとすれば、知人がいる時にだけ、自我らしきものが発動するのはなぜか。

 自我ではなく、自我に見える何かとすれば……考えられるのは、その人物に関する記憶くらいしかない。


 だが、記憶を保有しているのなら、条件付きで発動させる意味がない。その条件でしか発動しないのなら、それなりの理由が必要となる。たとえば、その人物から自分に関する記憶を読み取り、不自然じゃない答えを常に出す方法だ。だが、俺が知る限り、記憶を取り込むなんて魔法はなく、それは転生魔法で使ったものに酷似するものだ。


 もしかすると、アルスもこの死人と同じように、と考えたが、すぐに矛盾に気づいた。フィーエルの話では、人格が変わっていたとあり、目の前のケインとは条件が違うのだ。


「とにかく今は、騎士団長に説明できるネタを用意しておかないとな」


 このケインの体を構成している魔法属性と、カサンドラ王国でも使い手がいる属性を考えなくてはいけない。構成しているのは複合魔法だろうが、一つを無効化すれば崩壊するはずだ。その中でも闇属性が濃厚だが、特殊な闇属性無効魔法の使い手がいるとは思えない。そうなると、無属性か水属性か、もしくは土属性が有力となる。


「一番は水属性か」


 切り落とした指の先を手のひらに乗せ、水属性無効魔法をかけると、予想に反した反応を示した。


「……液体金属だと!?」


 指の先は無効魔法に反応して震えると、肉片から銀色の液体へと形を変えたのだ。

 俺の知識に、こんな魔法はなかった。

 考えられるのは錬金術だが、俺が知っている錬金術は、無機物から無機物であって、有機物への変換なんてのは記憶にない。

 だが、これを目にしたフィーエルの反応は違っていた。

「……錬金魔法……」


 フィーエルが、俺の知らない魔法を口にした瞬間だった。

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