第37話 奴隷、ヤツと再会する

 カサンドラ王国。

 ここは大陸の南部に位置し、国の半分の都市が海に面しているため、海洋国家としてもそれなりの力がある国として名高い。

 ルモティア王国を無事抜けた俺たちは、いくつかの小国を跨いで、このカサンドラ王国へ着いた。


 トマスがどこの都市へ向かっているかは聞いていなかったのだが、いざ着いてみると、そこはカサンドラ王国とレイン王国とが衝突する国境だった。

 平原のあちこちには簡易な天幕が張られ、その前では、鎧を着た男たちが朝食に取りかかかるために火を起こしていた。


「また随分賑やかな所に着いたな。一体何を運んでたんだ」


 荷台から御者のトマスへ声をかけると、トマスが苦笑を浮かべて振り返る。

 その表情からは、聞かないでください、という心の声が聞こえるようで、食えない奴だという言葉がしっくりくる。


 士気が上がらない兵士に必要なもの。

 ルモティア王国で奴隷が呑んでいたような、安物の酒でないことだけは確かだ。

 興奮作用のある何かか、はたまた幻覚作用のある何かか、それは聞くだけ野暮というものなのだろう。


「セレティア、フィーエル、ネイヤ、早く起きろ。着いたぞ」


 眠そうな目をこすりながら、フィーエルとネイヤが起きるが、セレティアはまだ夢の中から戻ってこない。というより、戻ってくるのを拒否しているように俺の目には映った。


「仕方ないな……二人はセレティアを頼む。俺は少し様子を見てくる」


「承知しました。セレティア様はお任せください」


 ネイヤが馬車の上から睨みを利かせ、警護というより戦闘態勢に入る。

 フィーエルも風属性魔法を行使し、本格的に警戒し始めた。

 それを見た俺は、やりすぎだな、と思いながら馬車を降りた。


 天幕の前で料理を開始している兵を見る限り、カサンドラ王国の兵はルモティア王国の奴隷兵とは違い、前線の兵も正規兵らしく、装備も整えられている。だが、トマスが言っていたとおり、奴隷とは違って高い士気を保てるはずの正規兵からは、負け戦に出るかのようなどんよりとした、ジメジメと重い空気が漂っていた。


「これは期待できるか」


 ここの兵士には悪いが、表情にはかなりの疲労が見える。そう何度も戦えそうにない姿を見ると、トマスが言っていたことの信憑性が増してきて、それが俺の頬を自然と緩ませる。


「貴様、見かけん格好だな。どこの所属の者だ」


 背後から俺の肩を掴み、そう声をかけてきたのは、他の兵士よりは幾分やる気が残っていそうな、三十歳程度の男だ。

 男は所属を聞いているにも関わらず、既に俺を間者と断定しているような殺気を見せている。俺が少しでもおかしな動きを見せれば、すぐさま斬り伏せるつもりなのだろう。


「俺はサムズ商会のトマスの護衛でここへやってきただけだ。別に怪しい者じゃない」


「ならば、ここで何をしている」


「兵士の士気が下がってると聞いたからな、本当かどうか確かめていただけだ」


 男は一瞬眉を歪ませ、「貴様には関係ない。さっさと荷物を降ろしてこの場を去れ」と吐き捨てるように言う。


「悪いな、こちらも一応冒険者ギルドから、邪教殲滅の依頼を受けてるんだ。ここの兵士が、死人を相手にしているという噂を聞いたからな。このくらいはいいだろ」


「……そんなものは我が軍には関係ない。これ以上詮索を継続するのなら、貴様もただではおかんぞ」


 ここまでムキになるのも気になるが、周りの兵士までこの騒ぎに気づき、こちらに注目し始めた。それはマズいか、と一時退散しようかと考えていた時に、そいつは現れた。


「何の騒ぎだ、中一級騎士。説明しろ」


「はっ! これはムラージ様。不審者がいたので、取り調べをしていた最中であります」


 新たに声をかけてきたのは、立派な鎧を着てはいるが、見覚えのある顔。

 その騎士も俺を見るなり目を見開き、口をパクパクさせてきた。


「お前はあの時の、どうしてこんな場所に」


「それはこっちのセリフだ。えらい立派な鎧を着てるじゃないか。あの時とは大違いだ」


 それは、レイン王国の女に殺されかけていた男。

 そして、この戦争の引き金を引かせた男でもある。


「そりゃあんなネタを持ち帰ればな。上一級騎士に昇進させてもらったんだよ。お前には感謝してもしたりないくらいだ」


「でもそのせいで、こんな事態になってるようだがな」


 ムラージは苦笑いを浮かべ、頬を掻くと、さっきまで俺に絡んでいた騎士を手を追い払う仕草をする。すると、ムラージは俺に近づき、「昇進したのはいいが、厄介払いのように前線に送られちまってな。つくづく運がねえようだ」と小さな声で言うと、盛大に笑い出した。


「それで、こんな辺境の地までやってきた理由はなんなんだ? まさか、俺を助けるためにやってきたわけじゃねえだろ」


「そんな理由じゃないが、結果的に助けることになるかもしれない。それも全て、ムラージ、あんたの選択次第だが」


 ムラージの喉から、何を飲み込んだんだ、と問いかけたくなるほどの、大きな音が聞こえてくる。その後、周囲に目をやり、「俺にもできることと、できないことがある。一体何が目的なんだ」と悪事を働くかのように言ってきた。


「俺は今、邪教の殲滅依頼を受けてる最中なんだよ。それで、ここに邪教に関係がある、不死の人間、死人を相手に苦戦していると聞きつけてやってきた」


 ムラージの額に、大粒の汗がじわじわと浮かび上がる。

 こいつはさっきの奴より階級が上、さらにこの反応は何か詳しいことを知っているに違いない。と俺は判断し、さらに押していくことにした。


「あんたと別れたあと、カーリッツ王国のミッドリバーで、不死と判断されたゴブリンゾンビが現れたんだよ。俺はそれを討伐することに成功した。だから今回の件も力になれると思うんだが」


「…………わかった。特別だぞ? お前だから特別に連れていってやる」


 ムラージが俺の腕を掴み、どこかへ連れ出そうと動き出したところに、背後から三つの気配が急速に近づいてきた。


「何の話をしているのかしら? 遅いと思って来てみれば、ウォルスをどこへ連れていくつもりなのかしら」


 ムラージが振り向き、その顔を見たセレティアの表情が歪む。

 初めて顔を合わせるネイヤとフィーエルは、セレティアの変化の意味がわからず、おどおどしながら俺に顔を向けてきた。当然、俺は顔を背けた。


「あなたはあの時の……ウォルスに助けられて、その手柄で随分いい地位を手に入れたようね」とセレティアはムラージをじっくり観察しながら言った。


「いや、これはその……あの時はこうなるように、なっ? 金も払ったし、なっ?」


 同意を求めるように、ムラージも俺の顔を見つめてきたが、当然、俺は顔を背けた。

 一応、あの時セレティアに説明はしたが、納得する、しないはセレティアの勝手だ。仕向けたのは俺であって、それ以上俺に助けを求められると、俺も困るわけで、あとは当事者同士でケリをつけてくれ。と俺はしばらく距離を取ることにした。

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