第7話 奴隷、王女と夜をともにする

 クロリアナ国まではユーレシア王国の馬車で移動し、護衛もついていた。少しでも冒険者として慣れるために宿には泊まらず、馬車の中で過ごしていた。だが、二人きりになるとそうもいかない。安宿くらいには泊まらないと、セレティアの体力がもたないのだ。

 大病でも患われると俺の命に直結する、重要案件でもある。


「どうしてこんな潰れそうな宿にするのよ」とセレティアは不満そうに言った。


 目の前にはレンガ調の、古びてはいるが、いたって普通の宿がある。それでも王女であるセレティアからは、今にも潰れそうなボロ宿に見えているらしい。


 俺は周りの目を気にしながら、「高級宿もあるが、あえてそこは避けてるんだよ。身分は隠しておくに越したことはないし、この金も元はと言えば、民から徴収した税だ」と小声で言った。


「奴隷の言葉とは思えないわね」


「今は、奴隷をしているつもりはないからな」


 セレティアは呆れているのか、感心しているのかわからない表情で、「わかったわよ。でも、ちゃんとしたベッドがある部屋にしてよ」と言う。


 セレティアは、宿で何をしたら泊まれるのかわからないため、全てを俺に丸投げしてくる。本当なら、奴隷の俺も知っているはずはないんだが、そこには頭が回っていないらしい。聞かれたところで、勉強した、と答えるだけだが。


「じゃあ、一人部屋を一つとるぞ。俺は野宿でいいから」


「何を言ってるのよ。ウォルスもいないと護衛にならないじゃない」


「俺は奴隷だからな。それに、外でも警護はできるしな」


 理由は何でもいい。

 俺が完全に自由になれるのは、セレティアが宿で寝る、この時間しかない。

 転生までしてこの肉体を手に入れたのは、あくまで死者蘇生魔法を完成させるためだ。そのためには、これから実験を繰り返さなくてはいけない。


「だから、奴隷とかそういうのは関係ないでしょ。二人部屋を一つでいいわよ」とセレティアは目を逸らしながら言う。


「わけがわからない。どうして同じ部屋なんだ」


「ウォルスはわたしに手を出せないから、そこまで警戒する必要はないでしょう?」


「そういう問題じゃないだろ」


「わたしが、その、発作でも起こしたらどうするのよ」


 流石にそんなものにまで責任は持てないが、確かに、同じ部屋にいれば対処はできる。だが、いくら俺が奴隷でも、同じ部屋に男がいるというのは、王族として、一人の女としてどうなんだろうか……それに、実験の時間もなくなる、と色々考えたが、奴隷は素直に従っておくべきだと割り切った。


「わかった。同じ部屋に泊まろう」と俺が答えると、セレティアは「わ、わかればいいのよ」とおどおどした返事をした。




 借りた部屋は豪華ではないが、一応掃除が行き届いており、清潔感が見て取れた。ベッドは横並びでくっついていて、王女と奴隷が寝るには、あまりに距離が近い。


「セレティアはベッドを二つ使えばいい。俺はそこのソファを使うから」と俺は当然のようにベッドではなく、男が寝るには少々小さいソファに腰を下ろした。


 ソファは小さいだけではなく、ソファとしてはかなり固い。

 それでも、今まで生きてきた十七年は石の上で寝ていたようなもので、俺にとったら十分満足できるものだ。しかし――――、


「それは許さないわよ」とセレティアが即、否定する発言をしてきた。


 奴隷の俺にはソファさえ使わせず、扉前で警護しながら寝ろとでも言うつもりだろうか?

 ケジメとして、俺にそれを強要するのは間違いではないし、契約主、王族としては当然のことだ。と俺はソファから腰を上げ、入り口へと向かった。


 すると、ベッドに腰を下ろしているセレティアが「どこへ行くつもり?」と首をかしげながら聞いてきた。


「入り口を警護するつもりだが?」


「そんなのいいから、さっさと寝なさいよ」


「寝ようとしただろ。許さないと言ったのは、セレティアだぞ」


 セレティアは俺を睨みつけ、隣のベッドをパンパンと叩いた。


「ベッドで寝なさい。これは命令よ」


「俺は奴隷だぞ?」


「関係ないわよ」


「――――でも、男だぞ?」


「わたしの命令には逆らえないから、危険はないでしょ」


 命令なら逆らうことはできない。

 俺は渋々ベッドへ腰を下ろした。


「まあ、命令なんてなくても、子供に手を出すなんてことはないけどな」と俺は言った。


「わたしが子供だって言いたいのかしら? ウォルスも、わたしと大して変わらないでしょ」


「俺は四十……」


「四十……歳? ふざけているの?」


「いや、俺は十七歳だ」


 危うく精神年齢を答えるところだった。

 しかし、セレティアは俺の答えが不満なのか、横から険しい目を向けてくる。


「わたしより、一歳年上なだけじゃない。それより、さっきの四十歳というのは何? もしかして……四十歳が好みなの?」


「…………」


 四十歳でも実際年下だし、年齢的には適当であり、答えに詰まってしまう。それを肯定と受け止めたのか、セレティアの目が変人を見るようなものへと変わった。


「ウォルスって変わり者ね」とセレティアは言うと、ベッドの中へと潜り込んだ。


 頭まですっぽり被って一言も話さないその姿は、完全に拒絶している。と俺は確信した。


「勘違いしているようだが、別に四十歳が好きなわけじゃないぞ」


「…………」


「聞いているのか? おい!」


 その後、何を話しかけても、返事がかえってくることはなかった。

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