第6話 奴隷、酒場に初めて王女を連れてきた

「ねえ、どうしてあんな依頼を受けたのよ?」


 セレティアを連れて酒場にやってきたが、セレティアは俺が受けた依頼に納得いかないようで、さっきからずっと俺を責めるばかりだ。

 酒場へは今まで一人でしか来たことがなかったこともあり、こんなに煩い王女といると、周りの目も気になって仕方がない。


「依頼の件は俺に一任したはずだろ」と俺は少し語気を強くして言う。


「だからって、どうしてBランクの、それも邪教の殲滅なんてものを選ぶのよ」


「Bランクの中じゃ比較的安全、それに教会がバックについている冒険者ギルドからの依頼で、邪教を排除するのは色々と有益だからだ」


 規模にもよるが、本来、この程度の依頼はBランクでさえない。

 これをBランクの依頼として受けられるのなら、それはそれで好都合だが、これがカーリッツ王国での仕事だというのが引っかかる。カーリッツ王国は教会に一番金を落とし、邪教などが蔓延る余地はないはずなのだ。 


「自信がないのかと思ったら、結構打算的な理由なのね」


「それを言うなら、能率的だと言ってくれ」


 手っ取り早いのは四大竜に挑戦することだが、セレティアを守りながらできるか、と問われればわからない。そんな戦い方をしたこともなければ、する必要さえなかったのだから。今は魔法もなるべく使いたくはないし、どこまで隠せるかはわからないが。


 話を続けていると、酒場のオヤジが料理と飲み物を持ってきた。

 熱々の白濁のスープと、何の肉かわからない腕の太さ程度の骨付き肉、それに昨日焼いたであろう、形の悪いパンだ。

 飲み物は酒以外を頼んだのだが、オヤジが持ってきたのは、グラスになみなみと注がれたミルクだ。どうやら、俺たちはナメられているらしい。


「あまり食欲が湧かないけれど、これにも慣れないといけないのよね……」


「まあ、そういうことだ」


 久しぶりに、鑑定魔法を使い、毒物がないか確認することにした。

 俺一人ならあとから解毒でもなんでもできるが、セレティアにバレるのはそれはそれで厄介だ。


「どうしたの、食べないの?」


「…………いや、食べるよ」


 ――――鑑定物:パン【毒性極少:主成分バルミクシン】

 ――――鑑定物:スープ【毒性極少:主成分エルドロシン】

 ――――鑑定物:ミルク【毒性極少:主成分パーラモント】

 ――――鑑定物:骨付き肉【毒性極少:主成分ミネファリト】


 鑑定した結果、毒物が検出された。だが、それがなぜか、俺の食べ物にばかり仕込まれていた。毒物は致死性のものでも、麻痺性のものでもなく、ただ腹を壊す程度のものだが、どうして俺のほうにだけバラバラに入っているのか、それがわからない。

 セレティアが、王女だとわかっていない連中なのだろうが、俺だけに嫌がらせのように入っているのはなぜなのだろうか。と俺はじっくり考えてみたが、答えは出なかった。


「――――味のほうは、まあ、食べられないほどのものじゃない、というのは確かなようね」とセレティアはスープを口にして言った。


 俺は毒を無力化して、同じようにスープを口にしながら、こちらに視線を向ける連中に意識を向けた。だが、ほぼ男ばかりの酒場では、全員がこちらに意識を向けていて、全く意味がなかった。


「唐突な話をするが、もし俺の食べ物だけに弱い毒が入っていたとしたら、入れた奴は何を考えて入れると思う?」と俺は質問を装って尋ねた。


 セレティアは周りをぐるりと見回して、「嫉妬かしら?」と答えた。


「嫉妬?」


「そうよ。わたしのように、若くて美しい女性を連れている者はいないようだし」


「……そういう考えもあるのか」


「それしかないでしょ。ウォルスが席を離れたら、きっとわたしに声をかけてくるわよ」


 この答えがあっているかは別として、俺では考えもつかないものだ。

 セレティアの命を狙っている者がいるかと、真剣に考えていたのが馬鹿らしくなったが、とりあえず黙って頷いておいた。


「それで、あのギルド職員が言っていたことだけど、本当だと思う?」


「何か言っていたか?」と俺は肉を頬張りながら答えた。


「言ってたでしょ。この依頼は過去二回、引き受けた冒険者がいたけど、途中で行方不明になったという話よ。だからBランクなんでしょ?」


「そういや、そんなことも言ってたな」


 遂行されず、ランクが上がる依頼も普通にあるため、あまり気にしていなかった。

 俺の中ではそんなことよりも、カーリッツ王国内というほうが重要だったのだが、初めてのセレティアはそうではないらしい。


「まあ、そこは大丈夫だろ」


「ウォルスも依頼は初めてなのに、凄く楽観的なのね」


「いきなり四大竜の討伐を目標にするよりはマシだと思うぞ」


 セレティアは頬をふくらませると、黙々と食事を続ける。

 だが、その食べ方は酒場でもかなり目立ち、自分で貴族階級だと言っているようなものだ。


「セレティア、マナーがなってないな」


「どういうこと? ここであの時の仕返しでもしようというのかしら?」


「肉はこうやって食べるんだよ」


 俺は骨付き肉の骨の部分を手にとって、肉にかぶりつく。

 滴る肉汁で手がヌラヌラと光り、口いっぱいに頬張ってみせると、セレティアは目をパチクリさせながら、顔をブルブルと横に振った。


「周りの連中も、こうやって食べてるだろ」


「だからって、わたしがそんな下品な食べ方をしなくても……」


「今は冒険者なんだよ。そんな食べ方をしていたら、身分をバラしてるも同然だからな」


 セレティアは視線をあちこちに動かし、周囲を気にする仕草を見せる。

 顔が少し赤くなったところで肉を鷲掴みにすると、一気にかぶりつき、豪快に噛みちぎった。

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