第5話 奴隷、冒険者ギルド本部へ戻る

 冒険者ギルド、クロリアナ本部。

 ここは、教会がバックについている冒険者ギルドの本部であり、貴族以上の者が冒険者として登録するためには、必ず一度はここへ来て認証を受けなければいけない場所でもある。


 各地のギルド支部が身分を保障するために、特別な認証を受けるためであり、当然セレティアも例外ではない。セレティアが認証を受ける間、俺は必要ないため、適当に外で待っておくしかない。


 本部には、世界各地から有力な冒険者が集まり、高難度依頼を受けて各地へ散ってゆく。わざわざこのクロリアナ本部へ足を運ぶのは、ここへやってくる貴族に取り入るためでもある。


 今も目の前で、自分の実績、希望する役職、金額を提示して自分を売り出している冒険者がいる。だが、上級貴族はこういう連中には声をかけることはない。あっても下級貴族までだろう。目の前の冒険者は、せいぜい商人ギルドの用心棒が限界といったところか。困ったことに、こういうことは中堅以下の冒険者にはあまり知られていない。


「無駄なことをするもんだ」


「何が無駄なのかしら?」


 認証を終わらせたセレティアが戻ってくるなり、俺が見ている冒険者に興味を持ち始めた。


「あんな派手なアピールをしても、貴族は声をかけないということだ」


「そうなの? じゃあ、わたしが声をかければ、ウォルスの考えが間違っている、ということになるわね」と嬉しそうにセレティアは言う。


 俺はそんなセレティアの肩を押さえ、「やめておけ、あれは使い物にならない。認証を受けたのなら、実力のある冒険者ならギルドから紹介してくるし、相手が直接こちらを希望するなら、ギルドを通じてこちらに声をかけてくる」と説明してやった。


「ウォルスって、本当に変なことに詳しいわよね」


「……ユーレシア王国と、セレティアのために調べただけだぞ」


「ふーん……わたしが想像する奴隷とは別の生き物みたい」


「それなら、俺に対等に喋れと言ったセレティアも大概だろう」


 奴隷とここまで普通に接する王女というのも、俺が知る限りいない。

 奴隷にまで慈悲を与える為政者というのはいても、決して一線を超えることはなく、明確な身分の差があってのものだ。だが、セレティアはその差を最初から排除しているようにさえ見える。


「で、認証を受ける際、一応何を目標にするか聞かれただろ。何を言ったんだ?」


 冒険者ギルドは、王族なら無条件にバックアップする体制になっている。

 冒険者ギルドは教会が運営しており、その金は寄付によって賄われている。人々は低料金で冒険者ギルドを利用することができ、冒険者にはその料金に寄付が上乗せされたものが報酬として支払われる。冒険者は人々から感謝され、活躍できれば、ギルドを通じて貴族、王族に紹介される仕組みだ。

 その寄付の中で、核となっているのが貴族であり、王族というわけだ。

 そういうわけで、冒険者ギルドは教会の意向により、王族関係者が最終目標とする功績を上げるための指針を示し、そのための依頼を手配することもある。


「貴族以上しか知らないことなのに、よくそんなことまで知ってるわね」


「努力家だと思ってくれればいい。で、目標は何にしたんだ?」


 セレティアはくすくすと笑いながら、「目標は四大竜の一匹、憤怒竜イーラの討伐よ」と答えた。


「は? 今なんて言った?」


「だから、憤怒竜イーラの討伐だって言ったのよ」


「それが、何かわかってて言ったのか?」


「そうよ。ギルド職員は『やめておいたほうがよろしいかと』って止めてきたけどね」


 当然だ。

 過去に、四大竜の一匹である、暴食竜ヘルアーティオを殺ったのは俺であり、その凶悪さは誰よりも身をもって知っている。あれは通常、一国を以って相手にするような化け物だ。それを明確な目標にするのは、人をやめるような奴しかいない。ましてや、クラウン制度で口にする馬鹿は、俺以外にはいなかっただろう。


「職員が正しい。そんなの無理に決まってるだろう」と俺は呆れるように言った。


「目標なんだから、大きいほうがいいでしょう」


「そういう問題じゃないんだよ。ギルドはセレティアをバックアップしなきゃいけないんだよ。本気でそれに付き合わされる身にもなれ」


 セレティアは短く息を吐くと、「話は最後まで聞くものよ。だから変えてあげたわ」と口にし、「Aランク依頼の中で、一番簡単なものの解決にしてあげたの」と嫌そうに言った。


「Aランクが簡単じゃないのに、その中で一番簡単なものって……忖度しろって言ってるように聞こえるぞ」

「そんなつもりなんてないわよ。はっきり『ない』って言われたし」


 ギルド職員に良識があって助かった。

 明らかなランク操作がされた依頼なんて受けたら、それだけで、ユーレシア王国の評判はガタ落ちになる。まあ、最初からあってないようなレベルかもしれないが。


「だからウォルス、あなたに来てもらおうと思って」


「どうして俺なんだ?」


「だって、あなたの実力はお父さまから伺ってるけど、本当のところは知らないし。それに、ウォルスは勉強家だから、きっと依頼についても詳しいでしょう?」


 セレティアから、どこか挑発とも取れる響きが感じられる。


「わかった。じゃあ職員のところに行くとするか」




 冒険者ギルド本部は広く、奥には個室がいくつも存在している。

 だが、王族を入れるのはそのうちの一つと決まっていて、俺も何度かそこを利用した経験がある。危うく、俺が先頭を歩いてそこへ向かうところだった。


 セレティアが部屋に入ると、一人の職員が椅子に座り、まだ作業を続けていた。

 彼女は依頼をいくつかピックアップして、テーブルに広げている。


 俺は一礼したあと、挨拶を交わし、セレティアの代わりに話を聞くことにした。

 セレティアと隣り合ってソファに腰を下ろし、その依頼に目を通す。

 職員はBランクから、比較的楽なものを選んでくれていたようで、セレティアの言葉を思い切り気にしているようだ。


「ウォルス様、このような依頼でどうでしょうか? 流石に最初からAランクというのは無謀だと思いますし、これならBランクでも、時間さえかければこなせるのではないかと……」


 依頼は各国から寄せられているものばかりで、やはり国土の狭いユーレシア王国のものはない。一番安全なのは自国のものなのだが、こればかりはどうしようもない。


 俺は依頼書をいくつか手にしながら、「カーリッツ王国のものが多いですね」と言った。


 八割はカーリッツ王国のもので、残り二割のものは数カ国に分かれているが、そのどれもがカーリッツ王国よりも遠い国からのものだ。

 この依頼の山から、あえてカーリッツ王国を外すのは不自然極まりない。


「カーリッツ王国は大国ですから、必然的に依頼が多くなります」と職員は返してきた。


 だが、冒険者が向かう先もカーリッツ王国が多いはずで、ここまで極端に増えるのは疑問が残る。俺が現役の時は、多くて四割といったところだったのだ。ここはカーリッツ王国を調べるのも兼ねて、依頼を受けるのがいいかもしれない。


「それでは、まずはこの依頼をこなして、様子を見たいと思います」と俺は一枚の依頼書を職員に手渡した。

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