第4話 奴隷、冒険へ出る

「馬子にも衣装とは、まさにこのことね」


 セレティアが衣装部屋に無断で入ってきた途端、そんなことを口にした。

 奴隷の格好を知らない者が見れば、俺が奴隷だとは思わないだろう。

 しかし、セレティアは言葉とは裏腹に、笑うのを我慢しているように見える。

 全身鏡に映る自分の姿を見ても、そんなに似合ってないとは思わない。確かに以前の、アルス・ディットランドの時のほうが似合っていたのは間違いないが、それは、セレティアが知るところではない。


「そんなに似合ってないか? それなりにいい感じだと思うが」


「ウォルス、あなたゴツいのよ」


「別にいいだろ。この上から鎧をつければ見えないんだし」


 旅に出るにあたり、俺はセレティアと同じ、騎士風の格好をすることになった。

 鎧を着る以上、帯剣することになっているが、使う局面は限られるだろう。それに、そういう局面自体、極力避けたいところだ。

 俺は奴隷として使った経験がないことになっているし、使えるとしてもカーリッツ王国に伝わる、王宮剣術しかない。


「あなたって、本当に態度の切り替えが上手いわよね。二重人格かと思っちゃうくらいに」とセレティアは呆れるように言った。


 俺がこの態度を取るのは、こうして二人でいる時だけだ。

 王宮の者が近くにいる時は、流石にセレティアの命令でも態度を切り替える。


「外界に出れば、ずっとこのままだから気にするな」


「それはそれで困るというか、わたしは王族なんだから、あなたはわたしを守るのが仕事なのよ」


「任せておけ。俺がいるかぎり、誰にも手出しはさせない」


 セレティアは何も言わず、そのまま衣装部屋から出ていった。

 何かマズいことでも言ったかと、額に指を当てて考えてみたが、さっぱり何も浮かばない。あのくらいの子とは、既に感性が違いすぎているのかもしれない、と自分の精神年齢、四十七歳という現実が重くのしかかってきた。本来なら、あのくらいの娘がいても不思議ではない年齢だ。


「はぁ……精神年齢はどうにもならないか」と俺は深い溜息を吐いた。




 その日の午後、出発の前に、セレティアは花に水をやっていきたいと、裏庭の一角で育てているバラムスの花の下へと足を運んでいた。

 バラムスは、赤い花びらが幾重にも重なっている美しい花だ。

 育てるのは花の中では難しいほうで、裕福な貴族階級で育てていることが多い。

 俺も昔は育てていたため、その難しさはその身でもって体験している。だが、セレティアはその花を立派に育てているようだ。


 俺は花に水をやるセレティアの横で、「バラムスは育てるのが難しい花なのに、よくここまで育てたもんだな」と感心しながら言った。


「これがバラムスだってよくわかったわね。奴隷の立場で見ることなんてないはずなのに」


「……セレティアに仕えるために、わざわざ勉強したんだよ」


「そんな理由で勉強するタイプには見えないけど」とセレティアは言って、訝しげに俺を見つめてきた。


 このまま、よくわかったな、と返せば、またこの前のように逃げられるかもしれない、と思った俺は、「誤解しているようだが、俺はセレティアを一人前にするためなら、そのくらいのことはするつもりだぞ」と言ってやった。

 この言葉に偽りはない。

 親子ともども、叩き直してやりたいのは本当だからだ。


「…………」


 セレティアは無言のまま水をやり続けている。

 逃げなかったということは、俺の選択は間違ってないのだと思いたい。

 水やりを終え、バラムスの花に手を伸ばすセレティア。だが、反射的にその手を掴むと、セレティアから驚いた表情を向けられた。


「ウォルス、どうしたのよ。その手を離しなさい」


「悪いがそれはできない。バラムスの花にバラムスモドキがまざってるからな」


「バラムスモドキ?」


 セレティアはバラムスモドキを知らないようで、首をかしげ、俺を不審な目で見つめている。

 バラムスモドキは、無害なバラムスと違い、麻痺性の神経毒のある花だ。

 花は似てはいるが、種から育てる場合、違いははっきりしていて間違いようのないものである。


「これは毒花だ、よく見ろ。棘の形と花びらの形状が違うだろう」


「……言われてみれば、確かに違うわね」


 セレティアは二つの花を見比べ、「よく知ってたわね」なんて軽口を叩いている。

 他のバラムスの育ち方とも明らかに違い、これは意図的に、あとから植えたのは間違いない。それが何を意味するのか、教えるべきか悩むところだが、俺はあえて黙っておくことにした。


「これくらい王族なら知っていて当然だぞ。一つ勉強になったな」と俺は指導者のような口調で言った。


 セレティアは眉間にシワを寄せ、少しふてくされてはいるものの、「奴隷のあなたに教えられるなんて、私もまだまだね」と好意的に受け取っている。だが、「でもおかしいわね……ここにこんな育ちが悪い子がいたかしら」と問題の核心に自分で気づいてしまった。


 十中八九、セレティアに功績を残させたくない者の仕業だろうが、今それを言っても混乱するだけで、今後の旅にいい影響はないだろう。と俺は判断した。


「そうだな……誰かがわざと植えたんだろう。きっと俺を試そうとしたんじゃないか?」と俺は無理やりひねり出した理由をそれらしく言う。


 俺の推測に、セレティアは「あなたは、わたし以外にも信用されてなかったのね。まあこの花に気づいたから合格なんじゃない?」と噴き出すのを我慢するように、口を押さえて言った。


「優秀な奴隷でよかったな。間抜けな奴隷だったら、今頃大騒ぎになっているところだ」


「そうね、それは感謝しないと。……ありがと」


 急にしおらしくなったセレティアに、俺はかける言葉が見つからなかった。

 そんな俺を見て、セレティアは再び口を押さえて笑っていた。

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