第3話 奴隷、王女の魔法に呆れる

 ユーレシア王国の王宮は狭く、俺が見たところ、中庭と呼べるところすらない。そんな場所で王女に連れてこられたのは、屋上部分にある、一応訓練程度ならできそうな広さはある場所だった。

 四方は腰程度までの高さの塀があるのみで、国全体を見渡せて気分がいい。


「わたしを放置するなんて、度胸のほうもなかなかのようね」


 王女は言葉とは裏腹に、どこか誇らしげな表情で、俺の隣で街を見下ろしている。

 小さいながらそれなりの規模を維持できていることに、王女は満足しているようにも見える。


「大きくはないですが、発展していますね」と俺が言うと、「最初の言葉は余計よ」という言葉がすぐさま返ってきた。


「わたしに対してそこまで大きい態度が取れるあなたに、四大属性を操るわたしの力を見せてあげるわ。驚きなさい」


 王女は俺から距離を取り、両手を広げた。

 どうやら、今ここで実力を見せてくれるらしい。


「四大属性ですか、それは凄いですね」


「ふふふっ、そうでしょ。もっと驚いてもいいのよ」


 四大属性は、火、水、風、地の四つだ。

 この四つを操れる魔法師は、世界でも引く手あまたの実力の持ち主ばかりである。

 魔法師自体、数は少ないうえ、複数の属性を操れる者は一気に数が減る。

 ちなみに、俺はこの四大属性に光と闇、無属性の七属性を操ることができる、世界でただ一人の男だ。


 王女は複数属性を操る中でも、最も難しいとされる同時行使を、俺の目の前であっさりやってのけた。

 右手には水と土、左手には火と風が姿を現す。

 そこまでは、確かに驚嘆に値するものだった。が、そこに俺は違和感を覚えた。


「申し訳ないのですが、それだけでしょうか?……」と俺は思わず口にしていた。


 王女が使っていた魔法は、全て最低等級である四等級魔法。

 それも程度の悪い、安定性が欠けるものだ。


 王女は俺の言葉が予想外だったのか、「わ、わたしの魔法を見て、そんな大口が叩けるなんて、流石わたしが認めた奴隷ね」と慌てた様子を見せる。


 同時行使していた魔法を解除した王女は、一つの魔法に集中し始めた。

 両手を胸の前で合わせ、一つの属性を練る姿は真剣そのもので、いったいどんなレベルの魔法を出すつもりなのだろうか、と俺は少しワクワクする心を抑えられない。

 やはり、四属性同時行使は難しいため、雑になったに違いない。一つの属性に絞れば、それなりの魔法を披露してくれるはずだ、と。


「奴隷らしい顔もできるようね。わたしの最強魔法を見て、腰を抜かすといいわ」


 王女は合わせていた手を頭上へ掲げ、火属性の魔法を放った。

 そこには、蜥蜴を思わせる、小さな炎が揺らめいている。

 さっきのように安定性に欠けることもなく、しっかりとした三等級魔法だが、とにかく魔力が足りていないため、規模が小さくお粗末なものでしかない。

 大仰にやっていたわりに、全然大したものではない結果に、俺は開いた口を塞ぐことができなかった。


「ふふふっ」と王女が嬉しそうな笑みを浮かべ、「美しい魔法でしょう? もっと驚いてもいいのよ」と恍惚とした表情でそれを見上げる。


 それは誤解だ、と言いたかったが、その思いをグッと心の底に押し込め、俺は拍手をしておいた。

 一応この程度の魔法であっても、全く癖もなく、教科書どおりに使える者のほうが少ないのは確かだったからだ。


「流石は王女殿下です。模範的な三等級魔法ですね」


「ささ、三等級魔法ですって?……あ、ああ、そういうこと、奴隷だから魔法を見たことがないのね、それなら無理もないわ。これは見た目は派手ではないけれど、れっきとした一等級魔法なのよ!」と王女は額に汗を浮かべながら言った。


 本気かウソかわからない態度に、俺は心底困惑した。

 ここで、さらに追い打ちをかけてもいいことはない、と判断し、俺は「学が浅いばかりに、王女殿下に大変失礼なことを言ってしまいました。非礼をお許しください」と素直に頭を下げておいた。


「い、いいのよ。わたしは寛大だから、許してあげる」と王女は俺から顔を背けた。


 その横顔は、すごく居心地が悪そうに見える。

 これは、自分の魔法レベルについて理解している、と見てほぼ間違いないだろう。

 四属性は本当に大したものだが、それ以上に欠点だらけで、ポンコツとしか評価のしようがない。

 王女として、契約主として、奴隷を前に引き下がるわけにもいかないのだろう。虚勢を張る程度なら、本当の馬鹿じゃないだけ可愛いものだ。


「では王女殿下、クラウン制度について――」と俺が喋ろうとしたところを、王女は右手を突き出して止めさせた。


「その王女殿下というのはやめてくれるかしら」


「どういうことでしょうか? 御主人様とお呼びしたほうがよろしいので?」


「そういうことじゃないの。だから、あれよ、あれ」


 王女は歯切れの悪い物言いをし、じれったそうに何かモゴモゴと呟いている。


「不遜ながら、お名前でお呼びしたほうがよろしいでしょうか?」


「そ、そうね」


「では――――ロンドブロ様と」


「ん……そうじゃないわ」


 少し間を置き、俺は「セレティア様と?」と若干迷いながら答えた。

 だが、王女からは「お、惜しいわね」という答えが返ってきた。


「は?」


 思わず、自分でも間抜けだと思う声が出てしまった。

 何が惜しいのか、全くわからない。

 毎度、セレティア・ロンドブロ様、とフルネームで呼ぶのが正解なのだろうか?

 そんなことを考えていると、王女が軽く咳をした。


「セ、セレティアと呼ぶことを許すわ。それと、奴隷のあなたには難しいかもしれないけど、対等な口調にしなさい。外界へ出て、あなたがそんな口調だと、わたしが狙われやすくなるのよ。それに、ロンドブロ家が、護衛奴隷を連れているのも知られたくないの」


 確かに、俺が発言するだけで王族だとバレるのは、余計な危険を招き寄せる。それに、護衛奴隷一人しか連れていないというのは、それはそれで臣下に恵まれていないことを表している。俺が王子だった頃、一人でクラウン制度に挑んだのとはわけが違う。通常、少ない人数で功績を残したもののほうが優れた者として認められる。だが、従者がいる場合、奴隷だけしか連れていないのは話が違う。


「じゃあ、セレティア、これからよろしく頼む」


「え、ええ」


 王女は驚いた表情を俺へと向ける。


 俺はそんな王女に構わず、「それと、服を新調してくれ。このままだとセレティアとの差がありすぎて、ひと目で俺が奴隷だとバレる」と続ける。


「そうね、わかったわ――――それにしても、あなた豹変しすぎじゃない?」と王女は若干引き気味に言う。


 俺はそんなセレティアに笑顔を向け、「セレティアも言っただろう。俺は度胸はあるんだよ」と言ってやった。

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