第8話 奴隷、故郷の地を踏む

 サウスロリエ。

 カーリッツ王国の最南の小さな町で、牧歌的な風景が特徴の、どこか懐かしい風が吹く町だ。

 そんな町でも南からの物資は一度はここを通り、情報の拠点ともいうべき重要な位置を占めるカーリッツ王国の玄関口だ。


 そんな町に到着すると、すぐにセレティアから「いい町ね」という言葉が漏れた。

 その言葉に俺は嬉しくなり、「そうだろ」と答えてしまった。

 やはり、自分の国を褒められるのは気分がいいもので、久しく離れていたのもあり、咄嗟の返事まで対応できなかった。


「ウォルス、あなたここへ来たことがあるのかしら?」


「……来たことはないが、勉強して、あらかじめどういう所か知っていたからな」


 セレティアは「ふーん、勉強……ね」と俺を訝しむかのような態度を見せる。

 俺は気づかないふりをして、冒険者を探すことにした。


「思ったより少ないな」と俺はわざとらしく言った。


 俺の記憶だと、町を歩くだけで冒険者が目につくはずなのだが、商人の姿はあっても、肝心の冒険者の姿が見当たらない。

 不自然なほどに少ないことに違和感を覚えた俺は、宿よりもまず、冒険者ギルドへ向かうことにした。


 冒険者ギルドには通常なら五、六組はいてもいいくらいなのだが、そのギルドのどこにも冒険者の姿がなかった。俺が知る限り、カーリッツ王国の玄関口とも言える、このサウスロリエの冒険者ギルドが、ここまで閑散としているのは記憶にない。 


 ギルド本部で聞いたものは、邪教殲滅の依頼を受けた者の失踪のはずだが、どういうわけか、冒険者そのものの姿が見えないのは腑に落ちない。


「一人もいないなんて、邪教が関係あるのかしら?」とセレティアが言った。


「依頼内容を口に出すなよ」と俺は言いながら、受付へと向かう。


 ギルド職員はそのまま業務を続けており、本当に邪教が影響しているとすれば、教会がバックの冒険者ギルドにも影響があるはずだ。だが、話を聞いてみても、職員には特に変わったことはないらしく、冒険者にしても、依頼を受けていなくなったわけではないらしい。


「いきなり万策尽きた感じね」とセレティアが言う。


 セレティアは他人事のように、椅子に座って何もしようとしない。

 別に働いてもらおうとは思わないが、邪魔だけはしないでもらいたい。


「核心に近づいている、と言ってほしいところだな。ギルドでわからなければ、直接冒険者から聞けばいいだけだ」


 町から全ての冒険者が消えているとは考えづらい。

 冒険者の間で、何か噂でも広がっているかもしれない。


「でもここへ来るまでに、ただの一人も冒険者は見かけなかったじゃない」


「……時間が関係あるのかもしれない。ここの酒場は夜から開くからな」


「ふーん、じゃあ本格的に動くのは夕方からなのね」とセレティアは声を弾ませた。


「言っておくが、動くのは俺だけだぞ。夜は危険も増すからな、わざわざセレティアが同行する必要はない」


 一人にするのは多少危険を伴うが、まだギルド本部の職員しか身元は知らないだろうし、そこまで心配はいらないはずだ。

 だが、セレティアは窓の外を眺めながら、「ダメよ、わたしも行くから」と言った。


 俺がたしなめるように「本当に危険なんだぞ」と言うと、セレティアが、「このクラウン制度は、わたしに課せられた使命よね? それに付随する危険から守るのがウォルスの仕事。間違いないわよね?」と逆に窘めるように言った。


「そのとおりだが……しかし」


「だったら、わたしが行かないわけにはいかないじゃない。そうでしょ? わたしはこの機会に、見聞を広めなきゃいけないの」


 セレティアの言うとおり、あらゆるものを俺がやっていては、王女として成長する妨げになってしまう。

 それゆえ、俺は黙って首を縦に振るしかなかった。




 町外れの安宿の三階から一日かけて町を観察していたが、冒険者らしき者は現れず、夕日が沈みかけた頃を見計らって、セレティアを町へ連れ出した。


「夜の酒場にいなかったら、本格的にこの町には冒険者がいないことになる。その時はすぐにここを出るぞ」と俺が言うと、セレティアは不服そうに「どうしてよ、原因を探らないとダメでしょ」と返してきた。


 セレティアは、どうやら自分の能力のなさ、立場というものがわかっていないらしい。


「一番優先されるのは、セレティアの身の安全だ。もう一人くらいいれば、攻守とも万全になるんだがな」と俺は残念そうに言った。


「わたしも戦えるわよ!」と声を荒らげるセレティアを見て、本気で思っていそうで怖い、と俺は心中穏やかではいられない。


 この町にいた冒険者が、初心者並なら問題ないかもしれないが、どのレベルの冒険者がいたかわからない以上、セレティアのような、中級魔法すらろくに扱えないレベルでは話にならない。


「俺が反対しても意味がないのはわかった。だが、絶対に俺から離れず――」


 俺が言い終える前に、顔を布で隠した男たちが一〇人、俺とセレティアを囲む。

 その手には剣が握られ、話し合いをするつもりは端からないらしい。

 周囲から人の気配が消え、こいつらを援護するかのように誰もいなくなった。


「俺たちに何か用か? 剣の構え方すらわかってないようだし、冒険者崩れでも、野盗でもなさそうだが」


「…………」


 男たちはただ黙って動く気配がない。

 セレティアは俺の背中にしがみついているだけで、詠唱すら始めていない――――やはりポンコツのようだ。いや、一国の王女で、これが初戦なら仕方がないことだろう。


「今ならまだ間に合う。その剣を下ろせば――――」と言ったところでやめた。


 微かに漂ってくる香りが、俺の話を止めさせたのだ。

 それは少し甘く、それでいて刺激的な香り――――眠華香ソムヌスと呼ばれる、暗殺で使われるようになった、意識を奪う代物だ。


「残念だが、俺に眠華香ソムヌスは効かないぞ」


 今の肉体は、この程度の薬物には耐性ができている。だが、それを口にした瞬間、背中に今までなかった重みを感じた。


「おい、しっかりしてくれよ……」


 セレティアが膝から崩れ、俺の背中にもたれかかってきたのだ。

 俺が振り返り、受け止めた時には、気持ちよさそうな寝息を立てて気絶していた。


 セレティアが眠ってしまったため、さっさと終わらせたほうがいい、と判断した俺は、俺が気絶しないことに驚いている男たちの中から、指揮官と思しき男に狙いを定めた。


「お前たちには話を聞く必要がありそうだ」


 冒険者崩れでも野盗でもない、ズブの素人がこんなマネをするのなら、邪教と関係あるかもしれない。

 俺はセレティアを脇に抱えたまま、指揮官と思しき男へ距離を詰め、腹部へ気絶しない程度の拳をめり込ませた。


「戦闘に関して、お前たちの技量は話にならない。眠華香ソムヌスなんてものに頼ってまで、こんなことをした理由を聞かせてもらおうか」と俺は殺意を込めて言った。


 俺の一撃に、腹を押さえてうずくまる男の布を剥ぎ取ると、そこには温和そうな老人の顔があった。それを見た連中が全員、慌てて顔を覆っていた布を取ってゆく。そのどれも好青年で、戦闘とは縁遠い者たちであるのはすぐにわかった。


「すみませんでした! オレたちが長にお願いしたんです。長を放してください」と一人の青年が土下座をすると、続けて全員が同じように地に額を押し付けてゆく。


「どういうことか話してもらおうか」

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