第5話「カエデレラ」
昔々あるところに、カエデレラという美しく優しい娘がいました。彼女は幼い頃に母親を亡くし、父親と二人きりで暮らしていました。
父親は娘の生活のために再婚し……たくはなかったものの、物語の都合上無理やり再婚させられました。しかも不幸なことに、新しく家族となった義理の母とその娘である義理の姉に、カエデレラはまるで奴隷のようにこき使われるようになったのです。
「カエデレラ、夕食の後片付けをしておきなさい。皿に汚れ一つでも残ってたら、承知しないよ」
「はい、お姉様……」
義理の姉(役の桃果)から、夕食の後片付けを強いられたカエデレラ。美しい容貌を持っていた彼女は、醜い嫉妬心に駈られた母親と姉から毎日酷い仕打ちを受けました。
食事に洗濯、掃除、買い物……あらゆる家事を押し付けられ、彼女の洋服は埃や灰を被ってボロボロに。
「カエデレラ……その……さっきのパンプキンスープ……味が……その……よろしくなくてよ……」
「も、申し訳ございません……」
「今度あのような……ま、不味い料理を出したら……その……お仕置きを……」
今度は義理の母親(役の須未)から、夕食の味に対して文句を言われました。このように、カエデレラは毎日義理の母親と姉の意地悪に悩まされていたのです。
「お義母様……」
「うぅぅぅ……やっぱ無理ぃぃぃ!!! 楓にこんな意地悪なことしなくないよぉぉぉ!!! ちゃんと料理美味しかったからぁぁぁ!!! ごめんね楓ぇぇぇ!!! うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!」
「ちょっ、須未! ちゃんと演技しなさいってば!」
母親と姉の態度はとても最悪で、カエデレラはいつも泣いていました。でもなぜか、今日は母親の方が泣かされています。
「嫌だ!!! こんな役嫌だぁぁぁぁぁ!!!」
「くじ引きで決まったんだから仕方ないでしょ」
「そうだよ須未ちゃん。ちゃんと私をいじめて」
「『ちゃんといじめて』って何だよ……」
出番を待っていた裕光からも、ツッコミを受けてしまいました。
そんなある日、この国の王子様がお妃とする女性を探すべく、お城で舞踏会を開くことになりました。舞踏会当日の夜、義理の姉は綺麗に着飾り、出掛けていきました。
「カエデレラ、あんたは家の掃除をしておきなさい。分かってるわね? 帰ってくるまでに少しでも埃が残ってたら……」
「は、はい……」
ボロボロの服を着ていたカエデレラは、舞踏会には連れていってもらえませんでした。美しい彼女が舞踏会に顔を出したら、王子様が必ず彼女をお妃に選んでしまうと考えたのです。
「うぅぅ……」
カエデレラは舞踏会に行きたくて仕方がありません。しかし、綺麗なお洋服も持っていない上に、仕事を押し付けられています。彼女は悲しみに暮れました。
「お、お嬢さん……俺……わ、私が、た、助けてやる……あ、いや、助けてあげる……わ……」
するとそこへ、魔女(役の剣太)が現れました。不敵な笑みを浮かべた彼……いや、彼女は、まるで不審者のような怪しい雰囲気を醸し出し、カエデレラに近付いていきました。
「不審者じゃねぇよ!」
「あなたは……?」
「おr……私は魔女。お前……いや、あなたは舞踏会に行きたいんだろ? じゃない、行きたいんでしょ? 私が連れていってやる……あ、あげましょう……」
そう言って、魔女は杖を振りかざしました。するとあら不思議。カエデレラが身に付けていたボロボロの服は、純白の美しいドレスに大変身。さらに畑に実っていたカボチャが、大きな馬車に変わってしまったではありませんか。
「まぁ、なんて素敵な魔法!」
「でも気を付けろよ……あ、気を付けなさい。この魔法は今夜12時を過ぎると、解けてしまう。それまでに家に戻ること。いいな? いや、いいわね?」
「はい、ありがとうございます」
カエデレラはカボチャの馬車に乗り、お城を目指しました。
「なんで俺が魔女役なんだよ……」
お城に到着したカエデレラは、舞踏会のあまりの華やかさに驚きました。美しいドレスに身を包んだ綺麗な女性があちこちにいたのです。
「なんと美しい……」
しかし、カエデレラの美貌はその中でも格段に輝いており、王子様は一目で彼女に心を奪われました。
「お、王子様?」
「はじめまして。私はこの国の王子、裕光。お嬢さん、よろしければ私と一緒に踊っていただけませんか?」
「は、はい……///」
カエデレラは王子様にダンスに誘われ、身を寄せました。彼女もまた、王子様の美しさに一目惚れしていたのです。それからカエデレラは王子様とのダンスを楽しみ、あまりの幸せな気分に時間を忘れてしまいました。
ゴーン ゴーン
「あっ!」
お城に12時を知らせる鐘の音が鳴り響きます。カエデレラは舞踏会を飛び出し、城の出口へと駆けていきました。急がないと魔法が解けてしまいます。
「お待ちください! まだあなたの名前を……」
突然離れてしまったカエデレラを追いかける王子様ですが、彼女はあっという間に姿を消してしまいました。
「これは……」
王子様は階段にガラスの靴が片方脱ぎ捨てられていることに気付きました。カエデレラが走っている途中に置き忘れていった物です。王子様は彼女への思いを忘れられませんでした。
「ボケがないとただのイチャイチャ話じゃねぇか……」
舞台袖から役を終えた魔女の声が聞こえましたが、きっと気のせいです。
王子様はガラスの靴にぴったり合う足の持ち主を、自分のお妃にすると宣言しました。町中の美女達がお城に押し掛け、我こそはとガラスの靴に足を突っ込みました。しかし、誰も靴がぴったりはまることはありませんでした。
「よし、私もやる!」
「なんでよ、あんたは既婚者でしょうが」
義理の母親もガラスの靴に足を入れようとお城にやって来ました。ガラスの靴に足がはまらず、しょんぼりしていた義理の姉がツッコミを入れます。
「どうせこの後楓が靴にぴったりはまるんでしょ! 楓が裕光君のお妃になっちゃうじゃない! そんなことさせないわ! 私達の可愛い楓を、あんなクソ変態王子に奪わせはしない! いっそのこと私が!!!」
「誰がクソ変態王子だ」
意味不明なことを叫ぶ母親ですが、当然彼女の足もガラスの靴にぴったり合うことはありませんでした。足に血が滲むほど痛い思いをしましたが、それも無駄となりました。
「キィィィィ!!!」
「あの、お義母様……私もやってよろしいでしょうか?」
「ダメ! 絶対ダメ!!! 楓は私のものなんだからぁぁぁぁぁ!!!!!」
「いい加減にしなさい」
「もう話がめちゃくちゃだな……」
義理の母親は姉に引っ張られ、お城を後にしました。結局多くの女性がガラスの靴を履いてみましたが、ぴったり合う者はなかなか現れません。ついにカエデレラの番となりました。
「では……」
スポッ
「おおっ」
すると、カエデレラの足はガラスの靴にぴったりとはまりました。彼女こそがガラスの靴の持ち主であり、舞踏会で会った美しい女性であると、王子様は確信しました。
「あなたが……あの時の……」
「王子様……」
「お嬢さん、お名前を教えていただけますか?」
「カエデレラ……です……」
スッ
王子様はカエデレラの前に跪き、彼女の手にそっとキスをしました。カエデレラの頬はほんのりと赤く染まり、両思いの二人はドキドキしながら、お互いを見つめました。
「違う! カエデレラじゃない!!! あの時の美女じゃなぁぁぁぁぁい!!!」
「おとなしくしなさい!」
「ぐへっ」
義理の母親……もういいや。いちいち役名で言うのめんどくさいなぁ。須未は二人が結ばれることが許せず、舞台袖で騒ぎ立てます。桃果がそれを押さえ込みます。
「カエデレラ、どうか私のお妃になってください」
「は、はい……喜んで……///」
カエデレラは両手で王子様の手を握り、二人は婚約を誓いました。みすぼらしい生活から一変、彼女は夢のような人生を手にしたのです。
それから数日後、彼女は王子様と結婚式を挙げ、末長く幸せに暮らしたのでした。めでたしめでたし……。
* * *
七海町立葉野高等学校 2年2組 演劇「シンデレラ」
シンデレラ:本山楓
王子:明石裕光
義理の母親:新川須未
義理の姉:森山桃果
魔女:川西剣太
音響:岡田健吾
照明:田端陸翔
監督:担任
* * * * * * *
「おい新川! ちゃんと真面目に演技やれよ!」
「嫌よ! 楓に意地悪なんてしたくないもん!」
文化祭に向けての演劇のリハーサルが終わった途端、須未と剣太が言い争いを始めた。演技の杜撰さで言ったら、どっちもどっちだったがな。
「剣太の演技も大根だったと思うぞ」
「これがリハーサルでよかったよ」
「何だと!?」
「まぁまぁ、落ち着け」
演技の完成度に納得いかない生徒達を、担任の先生がなだめる。何でったって高校生にもなって、こんなガキっぽい演劇をやらなくちゃいけないんだ。俺も若干不満を感じている。
「大体なんで裕光が王子役なんだよ! こいつだけ格好つけやがって! 演劇の中でも本山さんとイチャイチャしてぇのかよ!」
「何だ剣太、嫉妬か?」
「違ぇよ!」
くじ引きで決まった役割なんだから仕方ないだろ。俺だってあんまり目立つ役割は御免なんだよ。演じていてかなり恥ずかしかった。
それにしても、言われてみれば確かに奇跡的な役割だな。俺が王子で楓がシンデレラだなんて。くじ引きの結果、付き合っている俺達が見事結ばれる二人の役割を獲得した。
「楓、悪いな、こんな俺なんかと……」
「ううん、裕光君が王子様でよかった」
ギュッ
突然楓が俺の腕に抱き付いてきた。みすぼらしいシンデレラの衣装を着ていても、彼女の美貌は王子を惚れさせるには十分だった。
「本番、頑張ろうね……///」
「お、おう……///」
楓の可愛い上目遣いに、俺は心を奪われた。マジで俺の彼女、可愛すぎる……。
「あっ、お前らまたイチャつきやがって!」
「裕光君! 離れなさい! 楓をこれ以上汚したら許さないわよ!」
「何なんだよお前ら!」
「ふふっ」
騒がしい友人に囲まれて、俺の日常は以前より一層忙しくなった。人と関わらない静かな生活が嫌だったわけではない。
だが、今なら思える。楓が叶えてくれた魔法のようなこの幸せな日常の方が、俺は楽しく思える。
アミューズメント・ランデブー 番外編 KMT @kmt1116
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。アミューズメント・ランデブー 番外編の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます