第6章 エンディング

6−1 翌日

 翌日、制服姿の僕と澪は2人で友町駅前の通りを歩いていた。

 気が早いことに、町にはすでにクリスマスの飾り付けがしてあった。


 僕の隣を歩く澪はこちらを一瞬たりともこちらを見やしない。無表情で無言のままずんずんとコウゾウさんの家に向かって歩く。


 きっと怒っているんだろうな。


 昨夜はあの戦いの後、訳が分からないといった様子の澪に大まかな事の顛末てんまつを話した。


 澪のことだから質問攻めにしてくるだろうと思っていたけど、嬉しいんだか悲しいんだかよくわからないすごく複雑な顔をしたかと思うと、ほとんど体を動かすことのできない僕を公園の地面に放置して走って行ってしまった。


 なんとか疲労困憊ひろうこんぱいの身体をひきずって家族にバレないように部屋に戻ると、コウゾウさんから通話があった。


 クリア後すぐに意識を取り戻していたようだけど、目が覚めたのを看護師さんに見つかったり、おばあさんの持ってきてくれた荷物の中からケータイ電話を探したりしていたらしい。


「翔くんと澪ちゃんならきっとやってくれるって思ってたよ。とにかく無事でよかった」

 と、電話越しにクリアできたことを喜んでくれていた。

 

 実は今日も病院へお見舞いに行くはずだったのだけど、文化祭が終わった直後にコウゾウさんの方から連絡が来た。


 驚くべきことにコウゾウさんは午前中に検査だけしてもうすでに退院したのだと教えてくれた。

 そして「今日この後時間ある? よかった、じゃあうちにおいで。お腹を空かせてくるんだよ。澪ちゃんと一緒にね。話はつけてあるから」と呼び出され、今こうして澪と歩いているというわけだ。

 

 そうそう、文化祭は今日無事に行われた。

 ステージに上がった澪は昨日までのことなど無かったかのように真剣な顔をして頑張っていた。


 吹奏楽部は沢山並んで演奏していたのだけど、僕の耳には澪のトランペットから出てくる澄んだ音だけが不思議にはっきりと聞き取れた。


 照明に照らされた舞台の上のその姿は眩しくて、ちょっと羨ましくて、やっぱり澪は僕の手の届かない場所にいるんだということを思い知らされた気がした。


 いや、でもそれだけじゃない。

 僕らの頑張りのおかげでこの日を無事に迎えられて、なんだかほっとしたような嬉しい気持ちもあった。


 内海先輩は演奏後に生徒からの拍手を受けながらステージ上から何故か勝ち誇ったような顔でちらっと僕の方を見た。


 今までなら見ていなかったふりをしてきたのだろうけど、僕はなんだか腹が立ったので白目を向いてベロをべーと出してやった。


 先輩は無表情だったけど表情が固まっていた。

 そのすぐ近くで澪が笑いそうになるのを噛み殺しているように、僕には見えた。


 しかし今は、いや、最後の戦いが終わってから澪は僕に何も話してくれない。

 何度かメッセージも送っているのだけど、何も返してくれていない。


 やっぱ怒ってるよな。


 そりゃ唯一の味方だと思っていた僕に騙されて、石にされた挙げ句、勝手にダサい防刃ベストを着せられ、思いっきり笑われたら誰だって怒る、あたりまえだ。


 あたりまえなのだけれど。


「なぁ澪、そろそろ一言ぐらい口聞いてくれよ」


 声をかけるけど、自分が透明人間にでもなってしまったみたいに何も反応がない。


 僕は澪に聞こえないようにため息をついて歩き続ける。


 今はなんとか呼び出されてこうして一緒に歩いているけれど、フォルティスクエストが終わった今、もう2人で試練をすることもなくなるだろう。

 学校ではもちろん今まで通り接点はないし、もう澪と話をすることもなくなるんだろうなと思うと単純に寂しかった。


「ちゃんと説明して」


 それがこの日聞いた最初の澪の声だった。

 澪はまだ前を向いたままで、一切目を合わせようとしてこない。

 

「いつ思いついてたの、クリア方法」


 慌てて僕は説明する。

「いやね、ほんと最後の攻略法を思いついたのは戦ってる最中のことだよ。でも昨日の朝[リザレクション]が取得できたからさ、前もっていろいろうまくいく方法を考えてたんだ。でね、その時気づいたんだけど、僕のスキルの説明文は今まで全部[対象プレイヤーの]で始まっていたけど、[リザレクション]だけは[瀕死状態になった者]になってたんだよ。だからひょっとして[リザレクション]はプレイヤー以外にも効果が現れるんじゃないかって薄々思っていたんだ」


「最後のスキルを取得してたの黙ってたってこと? 私には最後のスキルを見せろとか使うなってあんなに好き勝手言っておいて?」


「それは……ごめん、本当に」


「だいたいさ、私にクリスタルを全部渡して3分でラスボスを倒すって方法もあったよね。そっちの方が勝率高くない?」


「うん、実は僕も最初はそう考えたんだ。でも思い出したんだよ、このゲームの目的は最初から”ラスボスを倒す”ことじゃなくて”姫を守る”ことだった。だからフォルティスクエストに限っては強力なスキルでラスボスを倒すことに固執せずに、生き残る方法を考えることがゲームのコンセプトに近いのかもって思ったんだ。あとは……うん、そうだな、これは僕のエゴなんだけど、やっぱり澪にはどうしても[エクスプロージョン]を使ってほしくなかったんだよ」


 きっと澪に経験値を渡していたら[メガデス]が発動していたに違いなかった。


 澪はそっぽを向いて「はぁーあ」と不満を含んだため息をもらす。


「そういう大切なことはまず相談してよね。別に私を騙さなくてもよかったじゃん」


「悪かったよ。本当に」


 澪はしばらくぶつぶつと「やっぱりなんかずるい気がする」と言っていたけれど、諦めたように大きなため息をついてやっと僕の方を見てくれた。


「まぁクリアできたからいいけどね。でも言っとくけど、私、勝手に1人で戦ったの、怒ってるから。昨夜のことは一生忘れないからね」


 それは恨んでいるんだということぐらいさすがの僕にもわかったけれど、その”一生”という言葉は、こうしてゲームが終わっても関係がまだ続いていくということを示しているように思えて少し嬉しい気もした。


「何で怒られてるのにニヤニヤしてんの、気持ちわるぅ……」


 やっぱり僕はすぐに顔に出てしまう質らしい。

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