5−13 正体

「よもや、こんな結果になるとはね」


 姫がモンスターたちに囲まれた僕のすぐ目の前までやってきた。


 そして3人分のクリスタルがたっぷり入った袋を拾い上げた。


「これで文句ないだろ。姫は最後まで守られてたんだから、これでゲームクリアってことにしてくれよ。どうせ、姫がゲームマスターなんだろ?」


 僕はだるくてほとんど動けない身体でなんとか息をつき、そう言った。


「へぇ、わかってたのね。結構うまく演技してたつもりなんだけど。どうしてわかったの?」


 少しおどけたようにして言う姫の顔は、いままでのあどけないものとは打って変わって大人びて見えた。位置的に見下されているし、演技をする必要が無くなったというのもあるのだろう。

 口調もどこか年上の人のようになっている。


「最後まで確信にはならなかったけど、限りなく怪しかったよ。一番最初にスライムのモンスターが出現することを予言した時から、どうしてそんなことが予測できるのか不思議だった。ゲームシステムのことを中途半端に知っていたり、謎の記憶喪失になってたりさ。それにモンスターが姫を攻撃しようとする素振りが全然ないことも不思議だったんだ。ゲームのクリアが姫を守り切ることなら、普通に考えるとモンスターは姫を真っ先に攻撃しようとするはずでしょ?」


「ふぅん、なるほど確かにそうね」


 姫は納得したように腕組みをして首を縦に振った。


「よく考えればコウゾウさんがやられた時も不自然だったんだ。だって戦闘で倒れたのならそのまま電話は通話中になっているはずなのに、あの時ラスボスの攻略情報が話される前に都合よく切れたんだ。でもあの場にいたのって姫だけだよね?」


 姫は僕にパチパチと拍手をした。


「良い観察力と推測力だね、翔。じゃあ最初からずっと怪しいって思ってたんだ」


「うん。でも全然わかってない重要なこともあるんだ。それは姫の目的だよ、なんでこんなことをしようとしたのかが全然わからない」


「そっか。知りたい? じゃあここまで頑張ったご褒美に教えてあげようかな」


 姫は僕の目の前にしゃがみ込んだ。


「簡単にいえば、私の食料のため」


 姫は唇をぺろりと舐めてから続ける。


「私の食べ物はね、人間たちの『恐れ』と『勇気』なの。負けるかもしれない強大な敵、失敗するかもしれないという『恐れ』に立ち向かったり打ち勝つために行動する気持ち、それこそが『勇気』。そしてそれこそが、このクリスタルの正体なの」


 姫は3人分の経験値が入ってぱんぱんに膨らんだ袋を僕の目の前に掲げて見せた。


「今日のはいい恐怖と勇気だったよ、翔」

「……そうか、それであんな不安をあおる演技をしてたってこと?」


 姫は「ふふふ、その通り」と笑うと経験値袋からクリスタルをひとつかみ取って口に放り込んだ。


「姫って何者なの?」

「私? 神でもあり、悪魔でもある、そういった存在かな」


 ばりぼりと咀嚼する音が聞こえる。

「ん-、うまい。頭のいい翔なら、もうどうして自分のレベルが上がりにくいのかもわかったんじゃない?」


 僕は今までの姫の話を反芻して思いついた仮説を口にする。


「つまりあれってこと? 僕が普段から怖いものを避け続けてたからってこと?」


 そう確認すると、姫は満足そうに口の端を上げた。

「ご名答。翔は恐怖に反発せずに受け流したり受け入れたりするタイプだったからね、ちょっと脚色を加えさせてもらったのよ」


 あんなにいろいろ頑張ったのに、結局、姫の手のひらの上で踊らされてただけってことか。と内心で僕はがっくり肩を落とした。


「とにかく皆のおかげで私は目的を果たせたよ、ありがとう。これで少なくともあと数十年は食料には困らない。澪とコウゾウにも礼を言っておいてくれ。じゃあ」


「ちょっと待って、どこに行くの?」


 神や悪魔にそんなことを言うのはおかしいような気もしたけれど、僕にとっての姫は、勉強を教えてくれと頼んできたり、必死にゲームをしていたり、おばあちゃんに怒られたりしていたあの姫なのだ。


 理屈では人間でないと思っていても、今までのことが全て演技であったとわかっても、急にいなくなると思うと寂しくなって反射的に引き止めてしまった。


 姫は不思議そうな顔をして思案した。


「そうだなー、時代もだいぶ様変わりしたようだから、しばらくはこの国の中でいろいろ見て回ろうかな」


 僕は澪との約束を思い出して「じゃあさ、せっかくクリアしたんだし、少し僕らの願いを聞いてくれてもいいんじゃない?」とダメ元で言ってみた。


「私は別にそういうむやみに人間にだけ便利な神様ではないのだけど。とはいえ、たっぷり勇気を食べさせてもらうわけだし、聞いてあげなくもないよ、聞くだけね」


 僕は姫にささやかな願いを伝えた。


 姫は少し驚いた顔で「確かに聞いた」と言って頷いた。


 そして両手を静かにぱんっと打った。

 その一瞬でモンスターたちは公園の街灯でできた姫の影に吸い込まれていった。


 そして姫も、ゲームから出てきた時みたいに足元から出てきた漆黒の液体に入って公園の闇の中に消えていってしまった。


 途端に辺りは舞台の幕が下りたみたいに静寂に包まれた。


 僕は少しずつだるさが抜けてきた身体で寝返りをうって仰向けになった。


 ガコンッと音がして時計が動き、視界の端に映る公園の時刻は12時を指した。


 そういえば澪はどうなった?

 ベンチに目をやると、だんだん澪の色が戻っていくところだった。


 もうストニカを発動してから5分はとっくに過ぎていたはずだ。

 姫め、きっと話がややこしくなるからわざと今解除されるように石化時間を伸ばしたな。


 不思議そうな顔になった澪と目があった。

 

「あれ、翔、なんで倒れてるの? どうして、え、大丈夫? 生きてる? ラスボスは? 何がどうなったの?」と駆け寄ってきた。


 重そうな防刃ベストを着たまま走ってくるその姿を見た途端、僕はたまらなく笑いが込み上げてきた。


 ほっとしたのか、おもしろいのか、嬉しいのか、達成感を感じているのか。

 とにかくよくわからなかったけれど、僕は胸の内から湧き出てくるふわふわした気持ちにまかせて笑った。


 怪訝そうな顔をする澪をよそ目に、僕は仰向けのまましばらく笑い続けた。

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