5−10 VSラスボス(1)

 歪んだ地面からゆっくりとせり上がってきたラスボスと、僕は対峙した。


 間近で見るとラスボスだけあってやっぱりすごい圧力があった。

 

 身長が2メートルはゆうにあるだろう。


 ヤギの角が生えたゴリラみたいなやつ、というのはこういうことかと思った。


 漆黒の毛並みは油を塗った後みたいにてかてかしていて、黒曜石でできたような角はコンクリート壁を貫けそうなぐらい鋭い。


 筋肉隆々の体つきは、野生の力強さそのものを表しているかのようだった。


 ラスボスは僕を上の方から睨みつけると、急に僕に突進してきた。


 次の瞬間にはもうトップスピードに乗っていて、あっという間に頭の角が目前に迫ってくる。


 でも僕には不思議とその動きが見えていて、なんとか横に避けることができた。


 振り向きざまにラスボスが電柱みたいに太い腕を横薙ぎに振ってくるのを、僕は後ろに飛び退いて紙一重でかわす。


 レベルのおかげなのか、僕の身体は今までになく軽かった。


 距離をとるとラスボスはこちらに向き直って目の前で両方の腕を振り上げた。

 そしてハンマーを振り下ろすみたいに組み合わせた2つの拳を勢いよく地面に叩きつける。


 ドンッとお腹の底に響く地震のような音がしたと思った次の瞬間、地面の振動と共に僕の足下から土の塊でできた大きな円錐の棘が勢いよく飛び出してきた。


 後ろに避けるのと同時に棘が前髪をかすめるのを感じた。

 

 澪のアーススパイクと同じ攻撃だ。


 ドンッドンッ! ドンドンッ!


 右から、左から、今度は前後から、棘が次々に地面から飛び出してくる。


 ラスボスは壊れた玩具みたいに連続で地面を叩き続け、あっという間に公園の地面は棘だらけになっていった。


 息継ぐ暇もなく次々に繰り出されるアーススパイクに、僕の足や腕が次々に被弾してしまう。


 だめだ、このまま逃げ続けていても埒が明かない。


 ラスボスのアーススパイクは自動ターゲットなのか、僕があちこちに逃げても地面を叩く態勢や方向は変わらずに一心不乱に地面を殴っている。


 もしかすると、これはチャンスなのかもしれない。


 アーススパイクの追撃を避けて、避けながら近づいて、を繰り返していく。

 

 僕は地面から生えた棘の間をぬって背後からラスボスへの距離を縮めていく。


 そして再びラスボスが両腕を振り上げた時。


 今だ!


 ラスボスの後ろから指示棒をラスボスの背中めがけて斜めに振り下ろす。


 バチンっと音がして指示棒に確かな手応えがあった。


「グォオオオ」


 ラスボスが苦しそうな声を上げる。

 さすがはレベル620の攻撃、効いているのかも。


 僕は一心不乱に指示棒を布団たたきのようにバチンバチンと連打した。


 するとラスボスの動きが止まって、その身体が立って手を振り上げたままの状態で徐々に色が抜けて煙に変わっていく。

 

 ……あれ、勝った?


 不正を働いたとはいえ、さすがに規格外のレベルではラスボスもこんなものか。


 ちょっとあっけないけど、クリアできたのならなんでもいいや。


 そう安堵しかけた時だった。

 いつもと違う異変に気づいた。


 煙が消えていかない。


 空中を漂って渦を巻き、1箇所に集まってきて徐々に輪郭ができ、あっという間に逆再生するみたいに煙がラスボスへと変貌した。


 そして完全に立っている元の姿に戻るとその目が開いた。


 途端、ラスボスの胸が「スゥゥ」という空気の音とともに大きく膨らんだ。


「バォオオオ!!」


 ビリビリと空気を震わせる程大きく吠える。鼓膜がじんじんと痛くなるぐらいの声だった。


 ラスボスの雰囲気が変わった。


 はりつめた空気が痛いぐらいに感じられて、さっきまでは本気じゃなかったんだとはっきりと感じさせられる。


 よく見ると背中に小さな突起が2本飛び出していて、目も黄色から赤色に変わっていた。


 第2形態があったのか!


 そう気づくと同時にラスボスが膝を曲げて地面を蹴った。

 立っていた部分の地面がえぐれるのが見えた。


 来る! と思った瞬間にはもうお腹から胸にかけて衝撃が来ていて、後ろ向きに吹き飛ばされていた。


 突進のスピードが早すぎてほとんど目で捉えきれなかった。


 3メートルぐらい体が浮いて、砂場にお尻から落ちて2、3回後ろに転がった。

 持っていた指示棒がどこかに吹き飛んでいった。


 頭がぐわんぐわんして、どちらが上か下かわからなくなる。


 立って、避けなきゃ!


 無意識の防衛反応が頭の中を駆け巡り、なんとか起き上がるとすでにラスボスが手の届く距離にいて拳を振り下ろしてきた。


 身をひねって逃げると、ドゴンッと重い音が響いた。

 見ると、さっきまで自分のいた地面にラスボスのパンチでクレーターができていた。


 こちらを睨んだラスボスは立ち上がった僕めがけて丸太みたいな腕でパンチを連打してくる。

 第1形態に比べて攻撃の速度が段違いに上がっていて、次々に被弾してしまう。


 お腹、右肩、最後は顔面にパンチをもらった僕は後ろに下がって距離を取った。

 もらったパンチの衝撃で鼻血が出て、ぽたぽたと地面に落ちて吸い込まれていった。

  

 [プロテク]がかかっているし、ゲーム内の戦闘だから死んでいないだけで、本当はこんなパンチ1発当たれば命に関わるダメージになっているだろう。


 カマキリにやられた時みたいに、本能的な恐怖が僕の身体全てを支配していく。

 足がすくんでさっきみたいに動けなくなっているのが感じられた。


 まさか、もうタイムリミットが来て行動不能になってきたのか?


 ……いや、きっとまだだ。


 身体は動かなくても考えることをやめちゃだめだ。


 考えろ考えろ、なんとかする方法を探せ。


 弱気になろうとする自分自身に言い聞かせる。


 ラスボスの腕が再び地面に振り下ろされて、またアーススパイクが足元から串刺しにしようとしてくる。


 逃げて、避けて、逃げて、避けて。

 全く休む暇が無い。


 戦闘が始まってから動き続けている僕は次第に息が上がっていく。

 ダメージもあってか全てを避けきることはできずにいくつかは被弾してしまう。


 このままではきっと勝てない。ジリ貧だ。

 いつかは致命傷を負ってしまう。どうすればいい、どうすれば……!


 そして僕はアーススパイクを避けることに精一杯で、その地面から飛び出してきた棘に身を隠すようにして近づいてきたラスボスに気が付かなかった。


 やばい、と思った時にはすでに至近距離から大きな拳が僕の顎の下に見えた。

 アッパーカットのように振り上げられた拳によって僕の身体は打撃の衝撃で宙へと浮かんでいた。


 勝てない、格が違う。

 こんなの、勝てっこない。


 空中で意識が遠のいていくのと同時に、急に今までのいろんな記憶が断片的に頭に浮かんだ。


 ラスボスにやられる前にかかってきたコウゾウさんの電話、澪が試練で言っていたこと、いたずらのような効果のスキルが突如発現して驚いたこと。


 これが走馬灯ってやつなのかな、と他人事のように思う。

 でもその時、僕の頭の中で何かが繋がった気がした。


 一か八かの攻略法が僕の頭に浮かぶ。

 まさか。

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