5−7 最後のあがき

 僕はコウゾウさんの部屋に行き、押し入れにしまってあったコウゾウさんのステータスカードと経験値の袋を取ってきて座卓の上に置いた。


 そして僕のよりも幾分重たいその袋の口紐を緩めた。

 中にはコウゾウさんが獲得した色とりどりの経験値が入っている。


「何するつもり?」

「最初の頃に姫に言ってみたことがあるんだけどさ、コウゾウさんの経験値を僕の袋に入れてみようと思うんだ」


 姫はあの時、何らかのペナルティがあるかもしれないと警告してくれていた。

 でも、そのリスクさえしのげば一瞬で莫大な経験値が手に入るはずだし、実は僕には十中八九大丈夫だろうという目算があった。


「……もしそれがゲームのルール違反で、翔に何かペナルティが起きちゃったらどうする?」


 心配そうにこちらを見上げる姫に、僕は手に持ったコウゾウさんの黒い巾着袋を見てから口を開いた。


「確かにズルかもしれないけどさ、姫はさっき『試していないことで可能性は残されてるのかも』って言ってたじゃん」

 姫は頷いて「そうだね、わかった」と言った。

 

 まず試しに1つだけクリスタルを移動してみることにした。

 コウゾウさんの袋の中に手を突っ込む。


 初めて袋の中に手を入れると、なんだか独特な感触がした。

 クリスタルのザラザラとした感覚だけじゃない、なんだか暖かいような、手にピリピリと刺激がくるような不思議な感覚だった。


 そうして最初に手に触れた青くて小さなクリスタルを慎重に取り出すと、僕の袋の紐を緩めてそっと中に入れた。


 僕ら2人は首を揃えて座卓にあるステータスカードを覗き込んだ。


[Lv144 HP201/201 SP87/87]


 でも、しばらく見ていても数値は変わらなかった。

 やっぱりこんなズルは認められないか。と諦めかけた時だった。


[Lv145 HP201/202 SP87/88]


「あっ!」

「成功だね!」


 僕らは顔を見合わせた。


 しかし突如、ビーッという電子音が鳴ってステータスカード全体が赤色に点滅して文字が浮き出る。


[警告:不正行為を感知しました。直ちに元の状態に戻してください。元に戻らない場合は行動不能になります。行動不能まで残り2分56秒]


 カウントダウンが減っていく。

 僕はあわてて自分の袋からさっき入れたであろう青いクリスタルをもとに戻した。


 するとカードの点滅がおさまっていつもの表示に戻った。


 心臓がバクバクいっているのが耳元で聞こえる。胸を押さえて冷汗が出てきた額をぬぐった。

「あぶなかった」 

 すぐにあの青いクリスタルが取り出せなかったらラスボスと戦う前に動けなくなるところだった。


「ほらー言ったでしょー。ペナルティがあるかもって」

 姫も安心したのか胸に手を当てていた。

「なんだよ、さっきなんでも試してみるべきだーって言ってたじゃんか」


 でもこれでいい。今のを見ていると他人への経験値の譲渡はおそらく3分後に行動不能になるというペナルティである可能性が高い、つまり不正を検知してから3分間は動けるということでもある。


 スマホが震えてメッセージの通知がきていた、澪からだ。

[今夜11時30分頃に城南公園に集合でいい?]


 画面表示の時刻を見ると、ちょうど正午になったところだった。

 僕は澪に[いいよ]と返事を送ると、姫にそのことを伝えた。


「よし。じゃあ次はっと」


 僕は、コウゾウさんの部屋に行って豚の貯金箱を取ってきた。


 そして底についていたビニールの蓋を開けて中に入っていた500円玉を全部取り出した。


「どうするの?」

「できる限りの準備をしようと思って。姫も来る?」


 山本家を出ると僕と姫はまずコンビニでおにぎりを2つずつ買って公園で食べた。


 それから友町商店街に行き、ミリタリーショップ小川という迷彩服やエアガンが売っているお店に入り、コウゾウさんの貯めてくれていた僕の家庭教師代でぎりぎり買える黒い防刃ベストを買った。


 ちなみに試練で使う武器として10歳から持てるエアガンを買おうか迷っていたら、お店の人に保護者が同伴していないと子どもには売らないということになっていると説明してくれた。


 仕方がないので武器は僕の行きつけの100円ショップに行き、またあの指示棒を買っておいた。

 やっぱりなんだかんだでこれが一番しっくりくる気がした。


 夕方、一通りの準備を終えた僕は姫と別れて一旦家に帰った。

 そして眠気と戦いながら夕飯を食べるとすぐにベッドで仮眠をとることにした。


 ラスボス戦を前にして緊張もあったけど、少しでも寝ておかないと頭が回らない気がした。


 できるだけ体も心も万全な状態で挑もう、そして勝つんだ。

 コウゾウさんが絶対大丈夫だと言っていたんだ、きっと勝ち目があるはずだ。

 

 そう考えると、少し安心したのか僕の意識はだんだんと枕に吸い込まれていった。

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