5−6 最終日開始
僕はとにかく、姫のいる山本家に行くことにした。
コウゾウさん家で最後のあがきをすると姫と約束していたし、昨夜、以前のことを思い出していて今まで試してこなかった盤外戦術を1つ思いついていたからだ。
攻略ノートと財布だけをカバンに突っ込み、ダウンジャケットを着て部屋を出る。
皆が起きだしてくる前に出かけようと思い、物音一つない静かな台所でシリアルに牛乳をかけたのを口に流し込んで家を出ることにした。
「あれ翔、珍しいじゃん、休みなのにこんな朝早くに出かけるなんて」
玄関で靴を履いているとパジャマ姿の由依が後ろから話しかけてきた。
「あぁ、まぁな」
「どこ行くの? また山本さんのところ?」
僕がつい、どうしてそれを知ってるんだ? と少しの間固まってしまったのを見て、由依は「やっぱりね」と、してやったりな顔をした。
なんてことはない、カマを掛けられていたのだ。
「翔ってほんと馬鹿だね、なんでそんなお母さん達に逆らうようなことばっかりするわけ?」
いつもならここで僕の心のなかで黒い雲が湧き出してくるけど、今日に限ってはどうして全く何も起こらなかった。
もし、僕が瀕死になってそのまま帰って来れなかったら、由依はどんな顔をするんだろう。
そう想像すると、なんだかふいに少し笑ってしまった。
そんな僕を不服そうに見てくる由依に「夕方には帰るよ」とだけ言って靴に足を突っ込んだ。
「あのさ、なんで禁止されてるとこに行くのかってきいたんだけど。もしかしてあれ? 反抗期ってやつ? だっさー」
少し煽るように言ってくる由依に、僕は苦笑いを返した。
「そうかもな」
僕は両親に気づかれる前に玄関を出て後ろ手に戸を閉めた。
低い角度から差し込む朝の日差しに冬の気配を感じる。
今朝はかなり冷え込んでいて、自転車に乗っていると手が痛いぐらいに冷えた。
しかしさすがに朝早く起きたとはいえ、こんな時間に家に行っておばあさんに迷惑はかけられない。
今日は日曜なので9時頃にはおばあさんは出かける予定になっているはずだ。
だからそれまでは宝仙堂に寄って念のため開店していないかを確かめてから、ある実験をした。それはプロテクとストニカを同時に組み合わせるとどうなるのかというもので、結果としては僕の納得の行くものだった。
9時になったのを見計らって山本家につくと姫は初日に出現したのと同じドレス姿で縁側のある部屋の座卓の前に座って僕を待っていた。
「いよいよだね、翔」
「うん、そうだね」
僕は昨夜と今朝のできごとを姫に伝えた。
姫は驚いた表情で口元に手を当てながら話を聞いていた。
「最後の確認だけど、姫はゲームに関して思い出したことは何も無いんだよね」
「うん、無いよ」
僕はしばらく姫を見つめる。姫もこちらを見てくる。
その顔には確固たる自信が見えた。
そうくるのならこっちにも考えがある。
「じゃ、諦めることにするよ」
「えっ」
僕はあくびをして畳の上に横になる。
「試練は夜の12時にするし、それまではじっくり休むことにするよ。睡眠不足なんだ」
腕を枕にして、姫に背中を向けるように寝返った。
「諦めちゃうの? 本当に?」
「別に諦めたわけじゃないよ。僕はもうこの100日間、できることは全部やったし、頑張った。だからもう、最後の1日ぐらいゆっくりしてもいいんじゃないかと思ってさ」
「えぇぇー」
姫は落胆の色合いを含んだ声で非難してきた。
「最後の作戦だって考えてあるよ。ラスボスに澪が[メガデス]をかけて倒す、それから僕が皆を[リザレクション]してそれで終わり。皆復活でめでたしめでたしだよ。これ以外にうまくいくシナリオなんてある?」
「それは……そうかもしれないけどさ。澪のこと心配だなぁって思わないの?」
「そりゃ思うけどさ、心配してもしょうがないよ。きっと大丈夫でしょ」
姫は押し黙った。横になった背中の方から何かを言いたげな雰囲気が伝わってくる。
「なに、姫は僕にもっと頑張ってほしいの?」
「そりゃあ……うん。やっぱりさ、私は大事だと思うけどね、怖いものに立ち向かったりさ、勇気を出してみるってのは。なんでもやってみないとわかんないでしょ? まだ試していないことで可能性は残されてるのかもよ」
僕は敢えてそれに返事をしなかった。
姫がほんの小さくため息をついたのを、僕は見逃さなかった。
これでわかった、姫がどんな立場のキャラクターかはさておき、やっぱり僕らにはクリアして欲しいんだ。
それさえわかれば良い。
「じゃあさ、最後に試してみたいことがあるんだ」
急に上体を起こした僕に姫は少し驚いた顔を見せた。
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