5−5 最後のスキル

 その夜、家に帰った僕は机に向かって攻略ノートを開いた。


 何か一発逆転サヨナラホームランみたいな手が無いか、今までに戦ったモンスターたちの記録やスキルの情報、ステータスに関して攻略に関することをとにかく見直してみることにした。


 もしかすると見落としていることがあるかもしれない。


 いつもならもう寝ている時間だけれど、目が冴えてしまっていた。

 どうせベッドに転がっても一睡もできないのは目に見えている。


 僕はこめかみに人差し指を当てて考える。


 やっぱりラスボスとの戦闘で鍵になるのは[メガデス]だろう。

 でもそれが本当にラスボスに対して有効だという保障はどこにもない。


 むしろ[メガデス]の爆発の中を悠々と抜けてくるラスボスの姿が頭に浮かぶ。


 でもスキルを使うタイミングを最後に決められるのは澪だ。


 単純に澪に使わせないだけの方法ならいくつか思いつくけど、それだときっとクリアは難しいだろう。


 悶々と考えていて、ふと時計を見ると日付が変わっていた。

 明日の今頃、果たして僕は無事にこの部屋に帰ってきているのだろうか。


 そして澪は、無事だろうか。


 そう思うと頭の中にいろんな澪の姿が浮かんできた。


 夏休みのあの日、僕をコウゾウさんのところに連れて行ってくれた澪、イモムシのモンスターに泣いていた澪、トランペットで失敗して恥ずかしそうにしている澪、いつも豆太と一緒に城南公園に来てくれた澪、2人乗りの自転車で不安そうにしていた澪。

 

 澪だけは絶対に不幸になってはいけないという確信めいたものを感じた。

 胸の中に火が灯ったようだった。


 僕はとにかく考えた。

 今の自分にできることはそれしかない。


 再びこめかみに指を当てて目を閉じ、今までの99日間の記憶を引きずり出してきて、手掛かりを探った。


 1日目、宝仙堂に行っておじいさんからフォルティスクエストとゲーム機を1万円で買って、コウゾウさんの家でゲームが始まって、シミから姫が出てきて、試練のモンスターはスライムと緑のトゲトゲと魚が出てきて、それから……。


 2日目は塾が終わった後に試練をして、カピバラみたいなモンスターを澪がもぐら叩きみたいにして倒して「先制攻撃ってやつね」って言ってたな……。


 3日目、4日目、5日目……。


 そこに誰がいて、どんな顔で何を話していたのかを、俯瞰の視点で思い出せるだけ思い出していく。


 試練のころとも、どんなモンスターと戦ってどんな攻撃をしてきたのか、ノートを見ながら1日ずつ順番に動画を早送りするように頭に思いうかべていく。


 それは気の遠くなる作業だった。


 没頭しているうちに時間感覚がおかしくなってきていた。


 でもその作業はどこか懐かしく、愛おしくもあった。


 気が付くと、カーテン越しに朝日が差し込んできていて、窓の外でスズメたちの鳴き声が聞こえていた。


 僕は昨夜と同じ姿勢のまま朝を迎えていた。

 眠っていたかのような気分だったけれど、目はしっかり冴えていた。


 今日、ついに最終日だ。

 

 とにかく宝仙堂に寄って姫のところに行こう。


 僕は服を着替えて攻略ノートをかばんに入れた。

 それからステータスカードを財布に入れようとした時だった。


 ステータスカードに5つ目のスキル欄が埋まっていることに気づいた。


[リザレクション]


 僕は目を見張った。いつ獲得したんだ。

 すぐにスキルの説明欄を確認する。


[術者の全てのSPを代償に瀕死状態となった者全員を復活させる。このスキルで復活した者は戦闘には参加できない。※このスキルはゲーム中1回のみ使用が可能]


 なんだこのややこしい説明文は。

 僕は何度か読み直して意味を咀嚼する。


 つまり、今使ってしまえばコウゾウさんは復活できるものの戦闘できないということで、しかも1回だけ使えるということはその後で澪が戦闘不能になればもう[リザレクション]は使えないということか。


 かなり使いどころが難しそうだ。


 澪が[メガデス]を使って本当にラスボスを倒せるのなら、その後にこのスキルで皆を復活させて全てが丸く収まりそうな気もする。

 

 じゃあ、倒せなかったとしたら?


 澪とコウゾウさんは僕が復活させられるとしても2人は戦闘には参加できない制約がつく。

 ラスボスにはSPの無くなった僕1人で戦うということだ、そうなったら勝ち目は万に一つもないだろう。

 

 どうすればいいんだ、どうすれば……。


 僕は頭を抱えてしばらく動けなかった。


 澪が[メガデス]を獲得した時、僕にカードを見せなかった気持ちが今少しだけわかった気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る