5−4 メガデス

 そうしてもがき続けたけれど、結局のところ状況に大きな変化があったのはゲーム開始から99日目、ラスボスとの戦いがもう明日に迫った日のことだった。

 

 僕らはいつものように夜の城南公園に来ていた。

 ここ最近は特に夜が冷え込んできていて、澪はクリーム色の厚手のパーカーを羽織っていたし、僕もワイン色の薄めのダウンジャケットを着ていた。


 コウゾウさんが入院してからずっとラスボスとの戦いを心配してきたけれど、とにかく思いつく限りのことは試したし、いざもうそれが明日となってみれば、もう腹をくくるしかないという気持ちになっていた。


 そう、嘘みたいだけど明日で全てが終わるんだ。

 それがどういう形であれ。 

 

 今日出現した浮遊して迫ってくる巨大な土偶のモンスターを澪が[ウォタラ]で押し流して倒すと、ピコロンッと澪の方から音が鳴った。


「え、5つ目のスキル!?」


 僕は興奮して澪の手に持つステータスカードを見に行く。

 よかった、澪だけでも最後の最後にLv5のスキルが取得できた。


 しかし、カードを見ていた澪は近づこうとする僕を「待って」と手で制した。


「え? なに?」

「いやその、あんまり使えるスキルじゃなかったから。ごめん」


「そうか……いや、澪が謝ることじゃないよ。それで、どんなスキルなの?」


 気になる僕が手元をみようとすると、澪はさっとカードを手の中に隠してしまった。


「だからちょっと待ってってば。いいじゃん、最後のスキルだから強いのは強いよ」

「そうなの? じゃあ隠す必要もないんじゃ?」


「それはそうかもだけど」


 尻込みする澪に僕は頼み込む。


「頼むよ、たとえ使えなかったとしても、できるだけいろんな情報を揃えて明日のラスボスに望みたいんだ。僕は結局、最後のスキルを獲得できなかったし」


 すると澪は渋りながらもカードを見せてくれた。


 5つ目のスキル名は[メガデス]だった。


[強烈な爆発を発生させて攻撃する。使用後使用者は瀕死状態になる]


 澪のレベル5のスキルはいわゆる自爆技だった。

 どうして澪がカードを渡さなかったかがわかった。


「まぁこれは最後の手段ね」


 とだけ言ってさっさとパーカーのポケットにカードをしまってしまう。


「ちょっと待ってよ。まさか使うつもりなの?」


「わかんないよ。だから最後の手段って言ってるじゃん。これしか方法がなくなったら、その時は……その時なんじゃない?」


「そんな」


 こんなゲームにこんなスキルがあっていいのか?


 意地の悪いスキルを設定して僕らをもてあそぶゲームマスターを想像して、怒りがこみ上げてくる。


「そのスキルはゲームマスターの罠だよ。使っちゃだめなスキルだ」

「なんで翔にそんなことわかるの?」


「それは……」

「コウゾウさんも言ってたけどさ、ゲームマスターが私たちを全滅させたいだけなら、すぐに強いモンスターを出せばいいだけなんだし、罠じゃない気がするけどね」


 澪はあたかも僕が大げさに心配しているかのように手ひらひら振って笑顔を作った。


「まぁそれにもしかしたらさ、ラスボスを倒すのに絶対使わなきゃいけないスキルなのかもよ? それでさ、これでラスボスを倒したらコウゾウさんと一緒に復活して皆でエンディングってわけ。ね?」


 澪だって、それが自分に都合の良い勝手な推測だってのはわかってるはずだ。


「もし[メガデス]でラスボスが倒せなかったり、2人とも復活できなかったら、どうするんだよ」


 そう口にした後すぐに後悔の念がわいてきた。

 こんなこと、澪だって真っ先に考えついているに違いないのに。


 すると澪は一瞬考えた後に軽く笑った。


「うそうそ、冗談冗談。使わないってこんなスキル。私だって瀕死はやだもん」


 打って変わってそんなことを言うけれど、そんな言葉とは裏腹に澪はいざとなったら絶対に[メガデス]を使うと確信した。


 でも守ってもらう側の僕にはそれを疑う資格なんて無いとも思った。


「明日はさ、最後なんだしさ、ラスボスと戦うのはもっと夜中にしようよ。とにかく私、昼間は部活があるしさ。あと、お母さんとおばあちゃんにも、その……たくさん話しときたいし。攻略はさ、もう今まで色々試してみたしさ、もういいよね。じゃあ、ね、また明日、連絡するね」


 澪は今までにしたことのないような儚げな顔をしたと思ったら、踵を返してあっという間に豆太をつれて行ってしまった。


 1人だけ取り残された僕は公園のペンキの剥げたベンチに座ってどうしたものか悩んだ末に、コウゾウさんに電話をかけた。


 コール音が2回鳴って「もしもーし」とコウゾウさんの声が聞こえた。

 すぐさま今日起きたことを伝えると、「うんうん」とか「ふーむ」と言いながら全てを聞いてくれた。


「澪は、きっとあの最後のスキルを使うつもりなんだと思うんです。なんとかして止められないでしょうか」

「うーん。例え無理やり止めることができてもさ、それで翔くんがやられちゃったりクリアできなかったら元も子もないよ。リタイアしている俺が言うのもなんだけどさ、2人で戦う方が勝率は高いと思う」


「でも、僕らだけで、本当に勝てるんでしょうか」


 こんな質問をしてもコウゾウさんだってわかるわけないのに、僕は聞かずにはいられなかった。


「そりゃあ勝てるよ。勝てるに決まってる」

 しかしコウゾウさんはそう即答した。


 その声は、どうしてだろう、こんな状況なのに気休めなんかじゃないことがはっきりと分るぐらい自信にあふれていて、逆にどうしてそんな当たり前のことを聞くのかとでも言われそうなぐらいだった。


「どうしてそんなにはっきりわかるんですか?」


「それは、翔くんが毎日俺のところに来てくれていたからだよ。大丈夫、僕の知っている翔くんと澪ちゃんなら絶対なんとかなる、俺が保証する。いいかい、自分の強みを考えて立ち向かってごらん」


 そう聞こえた瞬間、ぶつっと音がして通話が切れてしまった。

 闇に沈んだ公園に1人、宇宙空間に放り出されてしまったような気分だった。


 強みを考えて立ち向かってごらん。


 コウゾウさんはああ言っていたけど、僕の強みってなんだ?

 僕に強みなんてものが果たしてあるのだろうか。

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