5-3 僕らにできること

 ラスボスまで残り10日。

 僕らはとにかく最終日までに試せることを試してみていた。


 今までに思いついていても恥ずかしかったり危なかったりして実行していなかった方法も、どんどんやってみた。


 例えば試練ボタンを他の人に押してもらうという方法。

 モンスターの動ける範囲がステータスカードとの距離で決まると仮定すれば、その範囲からカードの所有者が出てしまえばモンスターは襲ってこれないはずだという目論見だった。


 ステータスカードを他人に見せるのが嫌だったから今までしていなかったけれど、こっそり杉本にカードを見てもらったら、不思議そうな顔をしてそれがであることを教えてくれた。


 きっとモンスターの姿みたいにプレイヤー以外の人にはステータスカードの数値が見えなくなっているのだろう。


 そして案の定、試練のボタンを押してもらっても何も反応が起きなかった。


 乗り物を使った方法も試してみることになった。


 この作戦はモンスターを駅に召喚した直後に電車に乗って出発してしまえば、そのままモンスターは高速で動くこちらを見失ってしまう。

 5分経てば制限時間が来て試練終了、そのまま姫を守りきることができるという、べらぼうに卑怯な作戦だった。


 昨夜の試練の後、地面に枝で絵を描いて澪にこの作戦を伝えると、澪は「そんなこと、うまくいくかな」と心配そうな顔をした。


 僕だってこんな盤外戦術がフォルティスクエストに簡単に通用すると思っているわけではない。


「とにかくやってみないとわかんないし、試しに明日やってみようよ」


 そう説得すると澪は「そうだね、やってみないとわかんないよね」と力なく頷いた。


 次の日、土曜日の部活が終わった澪と一緒に午後から友町駅に行き、隣駅までの切符を買って駅のホームに立った。


 休日の昼間ということもあって家族連れやカップルの姿が多かった。


 快速電車が止まって一番後ろの車両に乗り込む。

 まだ座席がいくつか空いているぐらいの混み具合だった、これなら試練もできそうだ。


 プシューと音がしてドアが閉まるのと同時に、澪はホームに向いて試練のボタンを押した。

 ちなみに今日出現するモンスターはコウゾウさんからの情報によれば[糸ウサギ]らしい。


 電車が動き始める頃、目の前の地面にできた空間の歪みから、ホームの屋根に付きそうなほど縦に引き伸ばされた8頭身のウサギのようなモンスターが出てきていた。

 

 ここまでは作戦通りだ。


 出現したウサギは2本足で立ってキョロキョロとしている。手には長い木製のハンマーを握っていた。


 電車が動き出した時、一瞬ウサギと目が合った。


 目を細めてこちらを凝視してきたけれど、そのままその姿は後ろに流れていった。


「よし、うまくいった。隣の駅につく頃にはきっちり5分経過しているはずだ」


 スマホの時計を確認すると、時間ピッタリに電車は発車していた。


 車両は徐々に加速してあっという間に車ぐらいの速さになった。


 ところがおかしなことが起こった。


「ねぇ翔、あれさ、ずっと見えてない?」


 車両の後ろについた窓の方を指差す澪につられて僕もそちらを見る。


 もうとっくに友町駅のホームは見えなくなっているのに、目を凝らすと遠くに白い点のようなものがまだ見えていた。


 電車が川の上の鉄橋を渡る頃には、糸ウサギの姿は徐々に大きくなってきていた。


 しかも、浮いている。


 川の上の空間を、まるでそこに地面があるかのようにして長い手足を動かして走ってきていた。


 ウサギの姿はスピードを上げて近づいてきて、ついには電車のドアをすり抜けて車両に入ってきた。


 澪は驚いていて目を見開いている。

 ここまでモンスターに接近されたのは初めてのはずだ。

 僕は咄嗟にかばうようにして澪の前に立った。

 

 ウサギの口元がニヤリと笑ったように見え、木槌を振り上げた。


 次の瞬間、車両の床から飛び出した棘によってウサギは煙になって消えていった。

 澪が後ろで「アーススパイク」と小さな声でスキルを放ったのだ。


 経験値の白いクリスタルを拾って、停車した電車から降りると、僕らはやっと一息付くことができた。


「びっくりしたぁ」

 澪は胸に手を当てながら電車から降りた。


「心臓止まるかと思ったよ」


「やっぱこの手はだめみたいだね」

 僕はそれに頷く。


 おそらくモンスターは試練のボタンを押した人と一定以上の距離を開けることができなくなっている、と考えるのが妥当だろう。

 それならばエレベーターを使おうが新幹線を使おうが結果は一緒になるだろうな。


「次はどうする?」

「まだ思いついてないよ。他の方法を考えてみるしかないよ」


 小さくため息をついて一旦改札を出ると、僕のステータスカードからピコロンッと音がした。


 僕らは顔を見合わせる。

 4番目のスキルが開放されたんだ。


 何か有用なスキルであって欲しいと願いながらステータスカードを確認した。


[4.ストニカ]

[対象プレイヤーのHPを全回復する。その後5分間は石化状態になる]


「なんだこれ?」


 前半は良いとして後半部分はデメリットでしかない。


 5分間動けなくなるのであれば、戦闘中には使えませんと書いてあるようなものだ。

 大ダメージを受けた試練の後ならかろうじて使えるかもしれないけれど。


「なんか微妙だね」

「うん、ものすごく微妙だ」


 ラスボス攻略に何か光明が見えるかもと期待していただけに、僕らは肩すかしを食らったみたいな気分だった。


「この石化ってのはどんな状態なんだろうな」

「やっぱり石になっちゃうんじゃないの?」


「そうだろうけど、本当に石そのものになるのかな」


 澪の方を見ると真剣な顔で「え、私には使わないでよね」と言われてしまった。

 そりゃ石化は嫌だよな、普通に考えて。


 その次の日の試練で、僕はグランドピアノぐらいある青いカニのモンスターにハサミで叩かれHPが削られてしまったので、試しにこの[ストニカ]を自分にかけてみることにした。


 本当に石になってしまうとすれば倒れて割れでもしたら大変なので、念のため公園のベンチに寝転んでから唱えてみることにした


「じゃあいくよ『ストニカ』」


 蛍のような光の粒が自分を覆ったと思った次の瞬間、まばたきをすると、心配そうな顔をした澪がこちらを覗き込んでいた。


「よかった。私のことわかる?」

 安堵した声で僕にそう聞いてきた。


「わかるも何も……。まさかもう5分経ったの?」

「経ったよ。身体とか、服も靴まで全部が灰色になって動かないし、話しかけても返事がないし目も閉じたままだったよ」


「本当に石じゃん」

「うん、思ってた以上に石だった。服とか腕とか触ってみたけど、カチコチになってたもん」


 どうやら石化状態ってのは意識が無くなって動けなくなる状態みたいだ。


 ステータスカードは[Lv125 HP414/414 SP52/110]となっていた。

 この性能でSPの半分以上の消費か。


 果たしてこの石化能力が何かの役立つのか、もしくはただのデメリットなのか。


 少なくとも今の僕にはこのスキルの有効な使い道は思い浮かばなかった。

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