5-2 夜のコンビニで
コンビニの駐輪スペースにつくと、澪は自転車の荷台からぴょんと降りて豆太のリードを僕に握らせた。
「買ってきてあげる、翔は何にする?」
「あったかいほうじ茶、小さいペットボトルのやつ」
澪は眉をひそめてこちらを見る。
「ほんとおじいちゃんみたいなチョイスするよね」
「ほっといてくれよ」
「じゃあほっとく。ま、行ってくるね」
澪が自動ドアに向かって小走りで駆けていくと「あれ、咲花?」という男の声が聞こえた。
見ると最悪なことにあの内海先輩がコンビニから出てきたところだった。
こちらに気が付いて僕と目が合った先輩は一瞬苦い顔をした。
でもすぐにおもしろい玩具をみつけたような嫌味のある笑顔になり「……それと、富田くんも」と付け加えた。
「内海先輩は、こんな時間にどうしたんですか?」
澪にそう尋ねられて先輩は背負ったカバンを見せた。
「勉強の帰りだよ。うちは文化祭が終わったらすぐに期末テストだしね」
「そうなんですか。奇遇ですね」
一体どういう気を利かせ方をしたつもりなのか、澪は「じゃあ、私買ってくるからー」と僕に言うと返事も聞かずに店の中に入っていってしまった。
とはいえ内海先輩は僕と話すことなんて何もないだろうし、そのまま帰るんじゃないかと思っていたのだけれど。
「こんな時間までずいぶん楽しそうだね。どう? テスト勉強はしてる?」
と澪に向けていた笑顔のままこちらにやってきた。
すがるように豆太を見たのだが、ガラスの向こうの主人が気になるらしくそっぽを向いてしまった。
「えぇまぁ、少しずつやってますけど」
「そうか。まぁ冨田くんは結構時間ありそうだもんね、呑気そうで羨ましいよ」
「ははは、いやぁおかげさまで」
相変わらずの嫌みっぷりで、怒りを通り越して呆れて笑ってしまう。
「部活は、入る気になった?」
「いやー最近はちょっと忙しくて」
ここにいる理由を聞かれたくないし、とにかく早く帰ってくれないかなと願って豆太の頭を撫でながら適当に返事をした。
「へぇ、それって何で忙しいの? 勉強?」
なんでそんなことをこの人に教えなくちゃいけないんだ。
「まぁ運動したり、勉強もしたりしてますかね」
内海先輩は僕の顔をみて「ふぅん」と言った。
闇の中でコンビニの光に照らされている先輩の顔からは表情が読み取れない。
「僕はね、努力しない人間、向上心のない人間ってのが嫌いなんだよ。特に苦手だとか忙しいとか言い訳して何もしないやつは視界に入れたくもないと思う」
「へぇ、そうなんですね」
「富田くんは、どうなのかな」
「さぁ、どうなんでしょうか。人並みに努力してると思っていますけど」
なんで内海先輩ってこんなに僕につっかかってくるんだろう。
「咲花に聞いたけど、山本コウゾウのところにちょくちょく遊びに行ってるらしいじゃないか」
豆太を触っていた僕の手が止まる。
「コウゾウさんを知っているんですか?」
「ここらじゃ有名だからね、あまり良い意味でなく。君もあの人の同類なのかな?」
「同類、って何がですか?」
「毎日仕事もせずに、いろんなところをほっつき歩いているような人間なのかって意味だけど?」
嘲笑するかのような顔で言われたその一言で、僕のお腹のあたりがむわっと熱くなっていくのを感じた。
コウゾウさんがどれだけ苦労してきたかも、どれだけ困った人を助けて皆から感謝されているのかも知らないで、よくもそんなことが言える。
あの人は、心も体も強くて、先輩みたいなヒョロヒョロのやつなんか敵うわけがない。
すぐにそう言い返してやりたかった。
でも口を開きかけた瞬間、頭の中のコウゾウさんが「いいかい翔くん、腹が立つことがあっても、ぐっとこらえるんだよ」と諭してきたような気がした。
もしここで言い争ったらきっとコウゾウさん自身が悲しむだろうと思ったら、なんだか僕も悲しくなってしまった。
「やだなぁ、僕はコウゾウさんと同類なんかじゃありませんよ」
先輩は少し意外そうな顔をした。
「そうか。ま、ならいいんだけどね」
「あの人は僕らとは次元が違います、もっとすごい人です。きっと僕や先輩が頑張ったってコウゾウさんのようにはなれません」
先輩がこちらを見る。僕はその目を真っ直ぐに見返した。
「ふうん、つまらないやつだな、君は」
汚物を見るかのような目で僕を見た先輩は、そんな捨てぜりふを残して闇の中にある道を歩いて行ってしまった。
先輩の背中が闇に消えると、僕は大きくため息をついた。
あぁ、一気に疲れた気がする。
「ただいまー」
澪が帰ってきて「先輩帰った?」と小声で聞いてきた。
「帰ったの見計らって出てきたんじゃないの?」
あまりにタイミングが良いのでかまを掛けてみると。
「あれ、ばれてた?」
見事に墓穴を掘ってくれた。
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