4-8 魔除け

 混乱した頭のまま縁側のある部屋に戻ると同時に、反対側のふすまを開けておばあさんが入ってきた。


「なんやあんたら、まだおったんかいな」


 それは非難する口調ではなく、単純に驚いたようだった。


 おばあさんの右手には大きなリュックサックがあって、中にはきっとコウゾウさんの着替えなんかが入っているのだろう。


 今思えばこんな状況なのにちょっと長居しすぎたかもしれない。


「ごめんなさい。すぐ出ていきますね」

「いや、ええ、ええ。知らん仲でもないんやから。私は荷物だけとったらまた病院に戻るさかい、まだおるんやったら、そうやな、家の鍵閉めて姫に渡しといてくれたらええわ」


 そう言っておばあさんは急ぎ足でコウゾウさんのあのカオスな部屋に入っていった。


 ごそごそと物を動かす音がしばらく聞こえた後、出てきたおばあさんの手には手提げ袋があって、その中にはどこの国のものかよくわからないこけしのような置物が入っていたり、あの鳥の顔みたいなマスクのくちばしがはみ出したりしていた。


 僕らのきょとんとした顔が見えたのだろう、おばあさんは「あぁ、これか?」と紙の手提げ袋をちょっと持ち上げて、そして一瞬間を置いてから「ふっふっふ」と苦笑いをした。


 今になって初めておばあさん自身、自分がしていることの滑稽さに気付いたみたいな笑い方だった。


 そして「あーあ、病院から急いで戻ってきたから疲れたわ。よっこいせ」と、僕と澪が座っている所と座卓を挟んで向かい側に座った。


 思えば今まで何度もこの家に来ていたのに、こうして家主のおばあさんと机を挟んで向かい合うのは初めてだ。


 おばあさんは、僕の全てを見透かすような目で「あそこの部屋のいろんなもんが何か、あの子に聞いとるか?」と尋ねてきた。


「外国のお土産だと聞いてますけど、そうじゃないんですか?」

 そう答えると、おばあさんは深く頷いた。


「あれはな、魔除けなんや」


「魔除け、ですか? それ全部?」


 おばあさんはいつになく寂しげな声で「そうや」と紙袋の中を見てから深く頷いて遠い目をした。


「あれは今からだいぶ……そうか、もう10年も前になるな。あの子の母親が急に心臓の病気で逝ってもてな。その後何年かは輸入雑貨の商人をしていた父親と一緒にいろんな国を回ったんや。そしたら次はその父親も飛行機の事故でおらんなってもたんや。その時はあの子、ご飯も食べずにずーっと部屋にこもっとった。ほんで何日かぶりに部屋から出てきたと思ったら、涙で腫らした目で『俺のせいだ』って泣きよったんや。よう話聞いていくとな、もし自分が迷惑かけずに他の皆と同じように生きることができてたら両親は死ななかったんとちゃうか、って言うんや。私はそないな見当違いなことを考えてどないするんや、ってちょっと怒ったけどな。あの子はやっぱり心の底で両親のことをずっと自分の責任みたいに感じてるんやろうな」


 僕は何も言えなかった。ただ、正座しておばあさんの言葉を聞いていた。

 隣にいる澪は、このことをもう知っていたのだろうか。


「それからや、こういう怪しげなもんはさらに増える一方でな。魔除けとか幸運のお守りとか聞くと、その度に手に入れてしまっとるみたいなんや。本人はあんまり気付いてないみたいやけどな」



「それに、周りで不幸なこととか厄介なことが起きたら、自分が何か不幸を招くことをやったせいかもしれんと思い込んで、なにかと解決しようとしよるんやろな」


 そうだったのか。


 コウゾウさんがやっている仕事も、もしかするとそういうことの延長なのかもしれないと、ふと思った。


「この家に来るなんや知らん国の人も、ホームレスみたいな人もそうや。ややこしいことに首を突っ込んでは、何やら背負って帰ってきよる。きっと見てみぬふりができんのやろな」


 おばあさんは大きなため息をついた。


「あんたのことやって、コウゾウはだいぶ気にしてたんやと思うで。拳法習っとったんやろ? あの子があれを人に教えるなんて見たことないからな、それだけ心配やったんちゃうやろかな」


 それなのに僕はまだ何もコウゾウさんの役に立てていない。

 自分の無力感に押しつぶされるようにしてうつむいていると、頭の上からおばあさんの声が聞こえた。


「まぁな、私は何があったんかは知らんけどな。もしも、あんたらが何かしらで責任を感じてるんやとしたらや。そうやとしたら、コウゾウが起きたときに、もう心配ないってところを見せたったら、それがあの子は一番喜ぶんとちゃうか」


 はっとして顔を上げると、おばあさんは僕らの顔を見てから立ち上がって「ほな、私は病院に戻るわ」と言った。


 この時やっと、おばあさんがどうしてコウゾウさんのことを僕たちに話してくれたかがわかったような気がした。


「そうそう、姫が退屈しよるやろから、この家には別にいつ来てもええ。いやむしろ来てほしいわ、姫の相手は私1人じゃ無理やからな」


 僕と澪はおばあさんに深く頭を下げた。

 その夜の試練のことだ。


 ラスボスが登場したらどうしようという不安をよそに、僕にはハリネズミを大きくしたようなモンスターが、澪には太い木のモンスターが出ただけだった。


 検索してみてわかったことだけど、どうやら 『ポルケピック』というのはフランス語で動物のヤマアラシのことで、『バオバブ』というのは木の名前だったようだ。 


 つまりコウゾウさんの言っていたモンスターの名前と今日のモンスターの特徴が一致していたことになる。


 これで、モンスターの登場を既に予定していたゲームマスターの存在が、ほぼ確実なものになったというわけだ。

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