4-7 見えざる影

 震える指で通話ボタンをタップしておそるおそる耳にスピーカーを当てる。


「あー、あー、聞こえるかな?」


 それは紛れもないコウゾウさんの声だった。

 きっと目を覚ましたんだ。


「よかったー」


 なんだ、瀕死って少しの間意識がなくなるだけのことだったのか。


 僕は安心してその場にへたり込んだ。


 スピーカーモードにしてケータイを畳の上に置いた。


「コウゾウさん、無事なんですか?」


 澪が安心と嬉しさのこもった声で電話に向かって話す。


「よかった、澪ちゃんも一緒だったんだね。心配かけてごめんね。でも俺、まだ無事ってわけじゃないみたいなんだ」


「え、どういうことですか?」

「俺ってラスボスにやられちゃったんだよね? だからたぶん現実の俺は目を覚ましていないと思うんだ」


 どういうことだ? 話がよくわからない。


「あの、どういうことなんですか? コウゾウさんは病院にいないんですか?」


「それが、ここがどこだかわからないんだよ。古い感じのソファとテレビ、冷蔵庫とエアコンがあって、なんだかワンルームのアパートの部屋みたいな所なんだ。見覚えが全然ないところだよ。目が冷めた時にはここにあるソファに座ってたんだ。窓はついていなくて、ドアはあるんだけど鍵がかかってて出られないようになってるみたいなんだ」


 コウゾウさんが話しているのは少なくとも病室のことではない。

 もしかして起きてすぐで混乱しているのだろうか。


「不思議なんだけど、机の上に俺のと同じ機種の携帯電話が置いてあってさ、澪ちゃんと翔くんの番号だけが登録されていたから、ダメ元でかけてみたんだよ」


 どういうことだ? もはやコウゾウさんが何を言っているのかよくわからない。


「もう一度確認なんだけど、俺ってラスボスにやられちゃったんだよね?」


「姫の話からすると、おそらくそうだと思います」

「だとすれば、ここはゲームオーバーになった人が入る待機部屋みたいなものなのかもね」


「でも、コウゾウさんは救急車で運ばれて病院のはずです」

「ああ。だから俺は今は、言うなれば魂だけの存在ってことなのかも。身体の感覚にちょっと違和感があるというか、なんて言ったら良いんだろう、現実感がないんだ」


「そんな、まさか」


 いやでもフォルティスクエストをプレイ中だと考えればそれもありえるのかもしれない。


 誰かがあの病室からコウゾウさんをそのワンルームの部屋とやらに移動させるのは無理があるだろうし。


「あと、先に言っておくんだけどこの携帯電話、1日5分までってメモが貼ってあってさ、たぶん時間になると通話が切れちゃうんだと思う」


「ええっ」


「だから大事なことから言っていくね。よく聞くんだよ」


 僕と澪はスピーカーに耳を傾けた。


「まず、ラスボスについて話すね。見た目はヤギの角が生えた黒いゴリラみたいなやつだった。……っていう戦い始めた時のことは覚えているんだけど、そこから先は霧がかかったみたいに思い出せなくなってるんだ。だからそいつの能力とかどうして俺はやられてしまったのかは思い出せないんだ。きっとネタバレ防止みたいになっているんだと思う」


 都合の悪い情報だけが隠されているってことか。

 ラスボスの能力か、ゲームのシステムのせいなのかもしれない。


「もう1つラスボスについて言えるのは、澪ちゃんと翔くんにはまだラスボスは出現しないみたいだということ」


「どうしてそんなことわかるんですか?」

「ここの部屋の壁にカレンダーがあってさ、俺たちのフォルティスクエストの残り日数と出現するモンスターの名前が書いてあるみたいなんだよ。それでね、今日の日付のところに俺の欄は[ラスボス]って文字とドクロマークが描いてあって、2人の欄は最終日にそれと同じように記入されているんだ」


 今日、コウゾウさんにだけラスボスが出現することが何者かに予定されていたってことなのだろうか。

 コウゾウさんが話す状況はどれもすごく不可解だった。


「2人とも同じことを考えていると思うけど、どうやらフォルティスクエストにはゲームマスターみたいな存在がいるんだと思う。ゲームオーバーになった人はこの待機部屋に入ることでこれらの情報を見ることができる。これは人数が減ったことに対する救済措置なのかもね」


「ちなみに、今日出現するモンスターの名前は、翔くんはえーっと『ポルケピック』かな、澪ちゃんは『バオバブー』って書いてある、のかな」


 コウゾウさんは何度か名前の読み方を確かめながらそう伝えてくれた。


「どうしても話しておきたいことはこれぐらいだよ。通話時間は残り1分ぐらい、何か聞きたいことあるかい?」


 コウゾウさんが5分で伝えきれるように話してくれているのもあるのだろうけど、とにかく情報量が多すぎて僕はかなり混乱していた。


「えっと……。とにかく僕たちもう一度攻略の糸口を探ってみます」

「わかった。こっちも考えをいろいろとまとめてみるよ。時間だけはたっぷりあるからね。また明日、2人が試練してる時間に俺に電話してみてくれないか。そっちからかかるかどうかも知りたいし」


「わかりました」


「モンスターたちは本当は僕らを倒したいってわけじゃないんじゃないかと思うんだ。だって本当に倒したいのなら、最初から今みたいに強いモンスターが出てくれば良いだけだ。でも、わざわざ弱いモンスターから少しずつ出てきてレベルアップをさせてくれているだろ、だからきっとゲームマスターは本気で僕らをクリアさせたくないわけじゃないん……」


 ぶつっと音がして通話が切れた。5分が経過したのだろう。


 念のため通話履歴を使ってこちらからもかけてみたけど、「この番号は現在使われておりません」という音声が繰り返されるだけだった。


 ゲームマスターがいるとしたら、この通話もどこかで聞かれているのだろうか。


 僕は天井を見上げる。

 誰かに上からじっと見られているような気がした。 

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