4-4 診察室にて
診察室には黒縁メガネをして白髪交じりの頭をした初老のお医者さんがいて、モニターに映し出された脳の白黒写真を見ていた。
僕が部屋に入ってもその表情は一切変わることはなくて、キーボードで何かを打ち込んでいる。
「君は、ご家族の方?」
モニターを見たままお医者さんは言った。
今日何度目かわからない質問だった。
「いえ、友人です」
「そう。今日は朝からこの人と一緒にいたの?」
「いいえ。電話をしていて急に通話が途切れてしまって、それで心配になって家に駆けつけたらコウゾウさん、えっと山本さんが庭で倒れていたんです」
「その時の様子、詳しく教えてもらえる?」
「遊びにおいで、という内容の電話がかかってきたんですけど、話の途中で何か倒れるような音がして、それから急に話しかけても返事が返ってこなかったんです」
「なるほど。その時、山本さんは苦しそうだったり呂律が回ってなかったりはなかった?」
「いえ、特には」
お医者さんはキーボードで情報を打ち込んでいく。
「電話していた時、山本さんは何をしていたかわかる?」
「きっと庭で洗濯物を干していたんだと思います」
「そうか。それで、君は倒れている山本さんを見て、すぐに救急車を呼んだ。間違いない?」
「はい」
フォルティスクエストのことは伝えてもお医者さんを混乱させるだけだと思い、口には出さなかった。
「ちなみに、朝からの様子がわかる人っている?」
「今は外出している山本さんのおばあさんと、それから同居人の女の子が知っていると思います。ただ女の子に聞いた話だと、朝から特に変わったことはなかったみたいです」
お医者さんは腕組みをして「うーん」と小さく唸った。
「あの、何でしょうか」
「君、ちゃんと本当のこと言ってる? 隠してることはない? いつもと違った様子があったとか、些細なことでも、何でもいいんだ。……あのね、私がどうしてこんなことを訊くのかというと、もし違った情報をもらってしまったら誤った治療になりかねないからだ。この人の命にかかわることなんだよ。山本さんの臀部、お尻や足には土がついていてね、どうやら引きずった跡がある。救急隊員はそんなことしないから、きっと何者かに移動させられたんだ。君が動かしたの? でもさっき、すぐに救急車を呼んだのか尋ねたら『はい』と答えたよね。救急車が到着するまでの短時間で意識のない大人を移動させる必要があったの? どうしてかな。それにね、衣服の様子からどうも山本さん結構汗をかいていたみたいでね、洗濯物を干すのにこの時期にそんなに汗をかくのは不思議だし、同居人がいるのなら君が家に着くまでに山本さんの異変に気づきそうなものだよね。いろいろ不自然じゃないかな?」
お医者さんは僕を疑いの目で見ていて、全身から冷や汗が吹き出した。
「えっと、その……」
目を伏せるしかなかった。
その時、看護師さんが診察室の裏からやってきて「ご家族の方がお見えになりました」と言った。
診察室のドアが開いて、おばあさんが不安げな顔をしている姫と澪の前に立っていた。
おばあさんは焦っている様子はなく、僕が立ち上がった後の丸椅子にいつも通りのしゃんとした姿勢で座った。
お医者さんが、普段飲んでいる薬がないかとか、前にもこういうことがあったかとか、持病や病歴についてを尋ね、おばあさんがハキハキと全ての質問に答えると、お医者さんはうーんと静かに唸って考えた後、口を開いた。
「意識が戻らない原因は今のところ不明です。外傷もなければ脳のMRI画像も血液検査も異常は見つかりませんでした」
それはそのはずだ、コウゾウさんはフォルティスクエストのせいで瀕死状態になっているのだから。
「考えられる可能性としては脳震盪、つまり頭を強く打って一時的に意識が戻らなくなっているということです。ただ、実際に頭を打ったところを見た人物はいなくて、この子もその時は電話をしていたと聞きました。意識が無くなった時、庭で洗濯物を干していたんじゃないかという話でしたが、間違いなさそうですか?」
お医者さんがおばあさんの方を見る。おばあさんは真っ直ぐにお医者さんを見返す。
「この子がそう言ったんなら、本当のことやろうと思います。こないなとこでむやみに嘘をつくような子やありません」
おばあさんははっきりとした口調でそう言った。
僕はぐっと下唇の内側を噛んだ。
「……わかりました。今のところ容態は落ち着いています。しばらく入院してもらって、意識の回復を待つことにしましょう。何か変化があればすぐに連絡します」
お医者さんがそう言い終えると、おばあさんは「わかりました、よろしくお願いします。孫に会わせてください」と特に質問することもなく病室に行くために立ち上がった。
僕らもそれについて診察室を出る。
「こちらですよ」
若い看護師さんに連れられて、僕らはやけにつるつるした廊下を歩いた。
その時に気づいた、おばあさんの手は震えていた。
しっかりとした足取りで歩いているように見えて、心の中で渦巻く不安な気持ちを押し殺しているのだ。
そう思うと、僕は立っていられないくらいの申し訳ない気持ちになった。
僕らは4人で相部屋の病室に入った。
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