4-3 搬送
緊急通報の番号なんて初めてかける、緊張で手が震えていた。
コール音が2回鳴る前にガチャッと音がした。
「はい、119番、消防署です。火事ですか? 救急ですか?」
耳に当てたスマホのスピーカー越しに冷静な男の人の声が聞こえる。
「き、救急です」
「救急車が必要ですか?」
「はい。その……知り合いの、男性が倒れていて、ゆすっても叩いても返事がなくて、あの、息はしています」
緊張でカラカラになった喉を絞ってなんとかそう言った。
それからここの住所や僕の名前と電話番号、コウゾウさんの年齢、持病やかかりつけの病院なんかを尋ねられた。僕は答えられる範囲で答えた。
「今から救急車が向かいます、5分ほどで着くと思うので、家の前に誰か出て待っていてください」
「わかりました」
スマートフォンの通話終了ボタンを押した後、自分でも急に不安感が増してくるのがわかった。
姫は傍目でもわかるぐらい今にも足元が崩れ落ちてしまいそうな表情をしていた。
しかしそれを見て、僕は自分が妙に落ち着いていくのがわかった。
ここで自分が取り乱していると姫までもが不安に押しつぶされてしまうかもしれない。
しばらくこめかみに人差し指を当てて考えてから、僕は姫に言った。
「僕は救急車でコウゾウさんと病院に行く。姫はここに残って、おばあさんが帰ってきたら事情を伝えてほしい。澪にも連絡を入れておくから、きっとすぐに来てくれると思う」
姫はゆっくりと頷いた。
「大丈夫、コウゾウさんなら、きっと大丈夫だよ」
僕自身にも言い聞かせるように、そう姫に言った。
門の外に立って、とにかく急いで澪にメッセージを送った後、すぐにサイレンが聞こえてきた。
救急車から降りてきた救急隊員さん2人を家の中に案内すると、マスクをつけた救急隊員さんはコウゾウさんの意識を確認した後にすぐにストレッチャーに乗せて救急車へと運んだ。
「家族の方ですか」
「あの、家族にはおばあさんがいますけど、今は出かけてます。夕方に帰ってくる予定です。なので僕が一緒に行きます」
人生で初めて救急車に乗り込むと、不安そうな顔をして門の前に立つ姫をおいて救急車の後ろのドアがバタンと閉まる。
動き出すと頭の上でサイレンが大きな音で鳴り始めた。
車内は思いの外かなり揺れた。救急車の中には心電図のモニターがあって、ピッピッというかすかな音に連動して緑のギザギザした線が伸びている。
病院に着くまでの間、救急隊員の人は僕にコウゾウさんをいつ発見したのか、最後に意識がある状態を見たのがいつか、部屋で何かいつもと違うものを見たり聞いたり臭ったりしていないかと質問した。
それが終わると病院までの間は無言だった。
助手席の隊員さんは無線でやりとりをしていたけれど、スピーカーの音が割れていて向こうが何を言っているのかはよくわからなかった。
心電図に目をやると、コウゾウさんの心臓が動いていることにほんの少しだけ安心する。
けれどいつあの波線がピーッと一直線にならないか、気が気じゃなかった。
今までに感じたことのない不安がずっとお腹の底にあって、なんでもいいから大声で叫び出したいような気分だった。
しばらくして救急車が止まり、近所で一番大きい市民病院に着いた。
頭上で鳴っていたサイレンが止み、コウゾウさんはストレッチャーに乗ったまま病院の中に運ばれて行く。
僕もそれに続くと病院の看護師さんに緊急搬送の入り口付近にあるベンチを手で指されて「ご家族の方はこちらでお待ち下さい。いくつか検査をしますので、しばらく時間がかかります。終わったら声をかけますからね」と言われた。
「わかりました」と言うと、看護師さんは忙しそうに向こうへと行ってしまった。
そのベンチには僕以外には誰もいなくて、腰を下ろした途端、急に静寂が訪れた。
節電のせいか明かりはついていなくて、ドアから入ってくる光だけが廊下を照らしていて昼間なのに薄暗い。
病院特有の匂いのする救急用の出入り口で見慣れないベンチに座って、僕はまったくもって現実味を持てずにいた。
僕は澪に、今いる病院と状況をメッセージで送った。
広々とした廊下の向こうでお医者さんや看護師さんが忙しそうに部屋から出ていったり入っていったりしているのが見えた。
しばらく座って待っていると澪からメッセージが返って来た。
[おばあさんに連絡がついて、すぐに戻ってきてくれた]
[今からタクシーでそっちにいくよ]
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