4-2 急転直下
僕はフォルティスクエストが置いてある部屋へ続くふすまを開けた。
テレビの上にはちゃんとまだゲームが乗っていた。
その後ろ、象の置物の向こうにティアラをつけた銀髪の頭が少しのぞいているのが見えた。
「姫! 大丈夫!?」
回り込むと姫は耳をふさいでしゃがみこんでいた。
呼びかけに返事は無く、ずっと畳を見下ろしているだけだ。
手を触れようとした姫の小さな肩は震えていた。
「姫、どうしたの、何があったの」
焦りを押し殺して、できるだけ優しい口調でそっと肩に手を置くと、そこで姫はやっと首を動かして僕の方を見た。
「出ちゃったの、ラスボス」
「え? まさか。まだ80日目じゃないか」
「私だってびっくりしたよ。でもあれはラスボスだった、それだけはわかるの」
「どんなやつだったの?」
姫は思い出したのが怖かったようで大きく身震いをした。
「黒くて、頭にすごくとんがった大きな角があったの、それでね……それでこう、大きな目があって、怖い顔してた。腕とかこんなので、背なんてこんぐらいあったの」
「わかった、ありがとう」
頑張って身振り手振りで説明しようとしてくれているけれど、これ以上詳しく聞くよりも、まずはコウゾウさんのことを考えなきゃと思い直した。
「どうしてコウゾウさんはやられちゃったの?」
「わからないの。私、そこのテレビのとこでゲームしてて。それで、横を見たらいきなりラスボスがいて、私の腕を掴もうとしてきたの。でも、すぐに消えちゃった、床にできた洗濯機みたいな穴にぐるぐるーって吸い込まれるみたいだったの。そのときにはもうコウゾウは……」
ラスボスの消え方はモンスターと5分以上戦ってタイムアップした時の消え方だ。
つまりコウゾウさんはラスボスと5分ぎりぎりまで戦ってやられてしまい、姫はラスボスに見つかったけれど時間制限に引っかかって帰っていった、ということだろうか。
「とにかくコウゾウさんを部屋の中まで運ぶから手伝ってほしいんだ。立てる?」
僕は頷いた姫の手を引いて庭に引き返すと、強く叩いてもゆすっても全く反応のないコウゾウさんを部屋に運ぶことにした。
ダメ元で「キュアー」もかけてみたけれど、予想通り瀕死状態のコウゾウさんには発動すらできなかった。
肩を持って寝返りさせてから上半身を起こし、背中の方に回って脇から手を入れてた。
姫に足首を持ってもらいながらなんとかひきずるように動かした。
ラスボスと5分間戦い抜いたからだろう、コウゾウさんの身体は汗ばんでいた。
眠っている人を移動させるのがこんなに重くて大変だなんて思っていなかった。
おかげでコウゾウさんの足やらお尻やらを地面や縁側のへりにぶつけてしまった。
いくら寝付きがいい人だってこんな風に動かされたら起きるはずだ。
コウゾウさんからは規則的な寝息が聞こえてくるだけだ。
ああ、本当に、現実じゃないみたいだ。
いや、これが夢だったらどんなに良かったことか。
コウゾウさんが「あーよく寝た」なんて言って起きてくれたら、僕はどれだけ救われるだろうか。
しかし、コウゾウさんは起きない。そしてそれはどうしようもなく現実だった。
「姫、これ、瀕死ってさ。大丈夫……じゃないよね、起きるの?」
姫は何も答えなかった。不安と恐怖と心配が入り混じった顔をしてコウゾウさんの方を見下ろしているだけだ。
心臓を冷たい手で鷲掴みにされたような気持ちになった。
「ごめんなさい」
姫の小さな声が時間が止まったみたいに静かな部屋に響く。
僕がこの状況を放置してしまえば、きっとおばあさんが帰ってきてコウゾウさんが起きないことに気付く。びっくりして救急車を呼ぶかもしれない。
そうだ、救急車、呼ばなきゃ。
いや、もしかしたら少しの時間寝てるだけ、これはただのゲームの演出で本当はもうすぐ目を覚ますんじゃないか、救急車なんて呼んで大事にするにはまだ早いんじゃないか。
そんな楽観的な考えが無意識のうちにあったし、病院でどうにかなる問題じゃない、という思いもあった。
でも、手遅れになってからでは遅い。
冷静になって目の前に意識不明の人がいる状況を考えたとき、それしか自分にできることはないんだ。
僕は持っていたスマホで119番を押した。
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