第4章 僕にできること

4-1 コウゾウさんからの電話

 それはフォルティスクエストが残り20日となった土曜日のことだった。


 僕は勉強机に座って姫のためのプリントを作っていた。


 今日は残り20日の節目の作戦会議の予定で、部活終わりの澪と一緒にコウゾウさんの家に合流することになっている。


 今までにも何度かコウゾウさんの家で作戦会議をしたことがある。


 僕と違って2人はモンスターに苦戦していることはなく、集まって話をしていても不安はあまり感じていないようだった。


 姫もこの前「そろそろ終盤戦でモンスターも手強くなってくると思うけど、皆で力を合わせれば大丈夫だと思うよ、頑張ってねー」と、テレビのお笑い番組を見ながら当たり障りのないことを他人事のように話していた。


 ところがこっちにしてみればラスボスどころか普段のモンスターもすでに手に負えない強さになっていた。


 この前は、孫悟空のようなモンスターが現れて如意棒を連打してくる攻撃に手も足も出なかったし、昨日は倒したと思ったクラゲのモンスターが地面に潜って身を潜めていて、背中にモロに不意打ちをくらってHPの半分が一気に消えた。


 結局そいつらは澪が魔法で倒してくれた。


 今までケガこそしていないものの、自分にはどうすることもできない強さのモンスターが毎日のように出現することは単純に怖かった。


 藁にもすがる思いでコウゾウさんとの八極拳の練習は毎日続けていて、基本の型である小八極についてはもう指摘されることもほとんどなくなった。


 そういえば最近、澪は1人でも虫系のモンスターを討伐することができるようになってきていた。

 スキルのLv4[ウォタラ]が開放されたことで、たまに出現する虫系のモンスターを出現させた大波で公園の端っこまで押し流して倒せるようになったからだろう。


 もちろん本当の水じゃなくて、ARのエフェクトみたいなもので、スキルが終わった後も地面はまったく濡れていないのだけれど。

 この前は[ウォタラ]を使って1人で毛虫のモンスターを倒し、泣いてるんだか笑ってるんだかわからない顔で「ど、どんなもんじゃい」と震えながらへっぴり腰で親指を立てていた。


 僕は攻略ノートを鍵付きの引き出しから取り出し、レベルを折れ線グラフで記録しているページを開いた。

 今になって見返すと、最初の頃から綺麗に3人ともがそれぞれ直線になっていて、僕のレベルは他の2人に比べて元々上がり幅が小さく設定されていたようだった。


 このレベルの上がりにくさはおそらく個人差のようなものなのだろうという結論に僕の中では落ち着いた。

 他の要素は思いつく限り調べきったし、レベルの獲得条件も個人によって違うから、きっとそういうことなんだろう。


 そうやって攻略ノートを眺めていると机の上で充電していたスマホのバイブが長く鳴った。誰からだろう。


 画面にはコウゾウさんの名前が表示されていた。


 通話状態にしてスマホを耳に当てると、いきなり バンッ! とドアを蹴飛ばすような大きな音がして慌ててスマホを離した。


「よく聞いて! きっとラスボスは翔くんにし……」

「コウゾウさん?」


 不自然なところで音声は途切れた。

 スマホの画面を見ると[通話終了]の文字が表示されている。


 すぐに通話をかけ直してみたけれど、ずっとコール音がなり続けるだけだった。

 間違いない、きっと何か今、非常事態が起こっている。


 僕は一気に不安になった。


 いても立ってもいられなくなった僕はスマホだけをポケットに入れて家を飛び出した。


 もう何度も歩いてきた道を、でも今までにない焦りの気持ちを抱えながら自転車で突っ走る。

 コウゾウさんの家に続く道の割れたアスファルトがタイヤ越しに不規則な振動を伝えてくる。


 何があったんだ。試練だろうか。でもあのコウゾウさんに限ってモンスターに苦戦することなんてあるのだろうか。


 門の前で自転車を止めて庭の方へ回る。試練をしているとすればそこだ。


「コウゾウさん!」


 コウゾウさんが地面の上にうつ伏せで倒れているのが見えた。

 肩を揺すって「コウゾウさん! コウゾウさん!」と必死に呼びかけたけど返事はない。


 血が出ていたり骨が折れたりしている様子はなく、コウゾウさんの身体は温かくて規則的に胸の部分が上下に動いていた。

 よかった、息はしている。もしかして寝ているだけ? そんなことあるだろうか。


 いやない。地面の上で寝ているのはさすがに不自然すぎる。


「姫ー!」


 次に心配なのは姫だ。コウゾウさんがやられてしまったのであれば、モンスターが次に狙うのは姫のはずだ。

 僕は靴を脱いで縁側から部屋に上がり込んだ。


「姫! いるー?」


 何も返事は帰ってこない。家の中には不気味な静けさだけがあった。

 まさか姫もやられてしまったのか? そうなれば僕らはゲームオーバーのはずだ。

 畳の上にステータスカードが落ちていた、コウゾウさんのものだ。


[Lv:243 HP:0/1102 SP0/0 状態:瀕死]


 最大値が1000を超えていたHPがなくなっている。

 そして”瀕死”という部分に目が釘付けになる。


「うそだろ……」

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