3-18 約束

「ねぇ、最近コウゾウさんとコソコソ何やってるの? 前は運動してるって言ってたけど」


 ある日の試練で僕がいつものように少し早く公園に来て準備体操をしていると、豆太を連れてやってきた澪に言われた。


「え、何って? 別に、何も?」


 拳法を習っていることは澪には秘密にしていた。コウゾウさんにも言わないでほしいと口止めしてある。


 僕だけレベルが上がっていないことをこれ以上心配させたくなかったし、澪だけレベルが上がっていくことに負い目のようなものを感じたりしてほしくもなかった。

 なにより中国拳法ってのが中二病みたいでちょっと恥ずかしいし、あとは密かに強くなって澪を驚かせたいという気持ちも少しあった。


「ふぅん。ま、大方予想はついてるけどね」


 澪は含みのある感じの声でそう言い僕をじっと見てくる。この目に見られると隠し事なんて何もできていないような気になる。


「そういえば、もうすぐ文化祭だね。吹奏楽部は練習大変そうだな」

「そうやってすぐ話題を変えるのって『知られちゃ困る事をしています』って言ってるようなもんだよ」


 痛いところをつかれて僕は言葉に詰まる。


「……トランペット、うまくなってる?」

「そんなの決まってるじゃない! 私、文化祭であの時のリベンジするんだから、ちゃんと見に来てよね」


 やっとこっちの振った話題に乗ってくれて内心ほっとする。


「リベンジ?」

「河原で私の練習聞いたでしょ」


「あ、あれかぁ」


 澪はブランコに腰を下ろして小さく揺れ始める。

 錆び付いた金具からかすかなきしむ音が暗い公園に響く。


「ね、文化祭の日っていつか知ってる?」


 正直に「知らない」と答えると「はぁ、やっぱりね。もうちょっと学校のイベントごとに興味持った方がいいと思うよ」とため息混じりに言われてしまった。


「11月25日だよ」

「ってことは……」


「そう、最後の試練の次の日」


 ということは、無事にクリアしないと文化祭は迎えられないってことになるのか。


「ね、フォルティスクエストが終わったら打ち上げしないとだよね」

「打ち上げ?」


「そうそう。ゲームもクリアしたらエンディングが始まるでしょ? 私達もエンディングはお祝いしなくちゃ」

「そう、なのか?」


「そうだよ。あ、でも打ち上げするなら姫にいつあっちに帰るか聞いとかないとね。11月25日だったらもうゲームの世界に帰ってるかもしれないもんね」

「あぁ、確かにそうだよな」


 姫が本当にゲームの世界で生きていたと仮定すればの話だけど。


「皆でコウゾウさんの家で美味しいものとかケーキとか食べてさ。あ、そうそうコウゾウさんのお手製ケーキ、おいしいんだよ」


 あの人、本当に何でもできるんだな。


「そういえば前から思ってたんだけど、澪ってどうしてコウゾウさんとそんなに仲良いんだ? 昔の話だけど、確か夏祭りも一緒に来てたよね」


「気になる?」


 澪はブランコに座ったまま上目遣いで聞いてくる。


「そりゃ気になるけど」

「なんで?」


「なんでって言われても、なんでだろ。なんとなく?」

「じゃあ秘密。さ、そんなことより今日の試練やっちゃおうよ。はい」


 澪はブランコから立ち上がってすかさず僕の手に青くなった試練ボタンのステータスカードを握らせた。


 仕方なく戦闘が始まる前に最近取得したレベル3のスキル[プロテク]を澪にかけてあげた。スキルの説明欄は[対象プレイヤーの受けるダメージを軽減し、一部の魔法から守る]となっている防御系の魔法だ。


 すぐに黄色くて透明な膜が澪を覆う。これで少しだけどダメージを防ぐことができるはずだ。


 今日の澪のモンスターは2本足で立っている牛だった。先端にトゲトゲの鉄球がついた棒を持っている。


 でも出現してすぐに澪はレベル3のスキル[アーススパイク]を放った。地中から飛び出した棘に貫かれて牛はその場から1歩も動くことなく煙になって消滅していった。


 さすがだ。僕のプロテクに割いたSPは一体何だったんだ。


 澪が経験値を巾着に入れると、僕も自分に[プロテク]をかけてから試練ボタンを押した。


 愛用の指示棒を取り出して構える。

ちなみにこいつは3代目で、前の2本はどちらもモンスターとの戦闘中に折れてしまっていた。


 出てきたモンスターは僕の胸ぐらいまであるイノシシで眉間に角が生えていた。ユニコーンのイノシシバージョンみたいだ。


 目の前の地面にできた空間の歪みから飛び出してきたそいつは僕に向かって勢いよく突進してきた。


「うおっち!」


 なんとかそれを避けたけど、予想以上に小回りを利かせてイノシシは再度こちらに向かって突進してくる。


「ミニファイヤー!」


 澪が横から魔法攻撃を当ててひるませてくれたところを指示棒でバシバシと叩いた。


 色がなくなって煙になっていくモンスターに、僕はふぅと息をはいた。


 コウゾウさんとの鍛錬で体力がついたり反応も前より早くなってはきているけれど、まだまだ八極拳の技は実践で使えるレベルには至っていない。


 特に人型じゃないモンスターには技を当てられる気すらしない。まだ指示棒で戦ったほうがリーチがある分だけ有利に思えた。


「ありがとう、今日もなんとかノーダメージで倒せたよ」


 もちろん手伝ってもらったせいで手に入る経験値は少なくなるのだけど。大きなダメージを受けてしまうよりは断然良い。


「ねぇ翔、どうしてモンスターって怒ってるのかな」


 澪は真剣な顔をしてそう尋ねてきた。いきなりの予想外すぎるその問いかけに、僕は首をひねってしまう。


「怒ってる? なんで?」

「だってほらさっきも怒ってたじゃん、顔がもう、こんな感じ」


 澪は目尻を両手の人差し指で釣り上げた。


「うーん、そういえばあんまりモンスターの表情なんて気にして見たことなかったな。澪とコウゾウさんのモンスターはいつも一瞬で消えちゃうし。でも言われてみれば怒ってるのかもな。こっちを攻撃してきてるわけだし」


「そうなの、出てきた時にはもうすでにかなり怒ってる気がするんだよね。最初の頃に出てきたモンスターたちってあんなに怒ってなかったよね」


「どうだろ、でもそれってただ単にモンスターたちの凶暴さが増してきたってことなんじゃない?」


 澪は納得いかなさそうな顔をして


「うーん、でもさ、モンスターだって自分の命が惜しいだろうし、わざわざ負けちゃうかもしれない戦いを挑まなくてもいいわけじゃん?」


「モンスター側にも僕らを攻撃する理由が何かあるかもしれないってことか」


 ゲームってものに慣れすぎていたせいかモンスターは当然こちらを襲ってくるものだという勝手な考えが僕には染み着いていたのかもしれない。


「そういうこと。ま、私の考えすぎかもしれないけどね。ほら翔、フォルティスクエストが始まった時にさ『モンスターと戦闘をさせられてるのってなにか理由があるように思う』みたいなこと言ってなかったっけ?」


 確かにそんなことも言った気がする。いつの間にかレベルを上げることや試練で生き残ることに必死でゲームのシステムについて考える余裕なんてなくなっていた。


 モンスターたちはなぜ僕らに怒っているのか、もしくはどうして僕らを倒そうとしてくるのか。これがわかれば攻略のヒントになるに違いない。


 でもそもそもモンスターって生き物なのか? 誰かにプログラムされていて、機械のように僕らを狙っているって線もあるんじゃないだろうか。


 それじゃあその誰かが僕らを倒して得られるメリットって何なんだ? となる。 

 結局、モンスターが生き物にしろ機械にしろ、僕らが戦っている理由はてんで想像がつかなかったし、もしかするとそんなもの存在しないのかもしれなかった。

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