4-5 僕にできること

 ベッドの上であぐらをかいていた入院着のおじいさんが、ぞろぞろと病室に入ってきた僕らを物珍しそうに見てきた。


 コウゾウさんのベッドは窓際にあった。

 看護師さんがベッドを囲んでいる白いカーテンを開けると、コウゾウさんが仰向けで寝ていた。


 病室の外から秋の日差しが入ってきていて、それに照らされた寝顔は”瀕死状態”とは思えないぐらい良くて、今にも起きだしそうだった。


 おばあさんはコウゾウさんの顔を見るや、いきなり両頬を手でぎゅっと挟んで「ほんまに起きてへんのやろな」と言った。


 看護師さんが慌てて「今はあまり刺激しない方が」と止めに入った。


 するとおばあさんは肩の力を抜いて「はぁ、ほんまに……」と力が抜けたように丸椅子に腰を下ろした。


 そして思い出したように僕らの方を向いて「あんたらもいろいろ大変やったな、ありがとうな」と言ってくれた。


「いえ、僕らは何も」


 何もできていない。


 こんなことなら皆で集まって試練をやっておけばよかった。

 僕はともかく澪がいればラスボスにも勝てたかもしれなかったのに。


 後ろに立つ澪が僕の服の裾を引っ張ってきた。

 その不安げな顔には「おばあさんにゲームのこと、話す?」と書いてある気がした。


 僕は小さく首を横に振った。


 もちろん真相を隠すことへの後ろめたさはあったけど、おばあさんにはこの上さらに余計な心配はかけたくなかった。


 しばらく僕らはコウゾウさんの病室にいたのだけれど、他の患者さんもいてあまり長居できる場所ではなかったので一旦病院を出ることにした。


 看護師さんと話をしたおばあさんは、これからいろんな手続きをして入院のための荷物を家から持って来ることになり、姫はそれを手伝うことになった。


 ナースステーションに戻ろうとしている看護師さんを僕は呼び止めた。


「あの、すみませんさっきのお医者さんに言い忘れたことがあったので、少しだけ話がしたいのですが」


「え? うーん、私が聞いて話しておいてあげようか?」

「いえ、直接話しがしたいんです、どうしても」


 僕はなるべく真剣味が伝わるようにはっきりした口調でお願いした。


「わかったわ。もう次の人の診察をしてるからもう少し待っててくれる? もうすぐ午前の診察が終わるから、その後少しの間だったら私が話をつけてあげるわ」


「ありがとうございます」


 ほっとした僕は、澪と一緒に診察室の前のベンチまで行ってしばらく呼ばれるのを待った。


「フォルティスクエストのこと、お医者さんには話すの?」

「うん。どんなことでも、信じてもらえなくったってコウゾウさんのためになるなら話しておいた方がいいって思ったんだ」


「そっか。そうだね、うん」


 しばらく待っていると、さっきのお医者さんの疑い半分驚き半分の顔が診察室のドアからのぞいた。


「あの、実は山本コウゾウさんのことで話していなかったことがあるので、伝えに来ました」


「……どうぞ」


 お医者さんは僕らを診察室の椅子に座るように促した。


「実は、意識が戻らないことに心当たりがあるんです」


 僕たちはフォルティスクエストのことを話した。


 要点が抜けないように、でも長くなりすぎないように気をつけて伝えた。


 お医者さんは電子カルテを見ながらそれを無表情のままじっと聞いていたので、途中から怒って追い出されるんじゃないのかとヒヤヒヤした。


 けれど、すべて話し終えると「そうか。うーん、そうか」と、モニターに写った脳の画像を次々と見たり拡大したりした後、「こっちに来て」と言って僕の目の下を引っ張ったりペンライトを向けたりしながら頷いた。


「信じてくれますか?」


 話し終わった後、思わず僕は尋ねてしまう。


「まさか。全てを信じたわけじゃない。おそらく空想の話だろうとも思う。君自身は危ないクスリはやってなさそうだけどね」


 やっぱりさすがに話が現実離れしすぎているか。


「それに、仮に本当のことだったとしても私が今できることに変わりはない。そうだろう? 私は神経外科の医師であってゲームや超常現象の専門家じゃない」


 初めてお医者さんが僕の顔をちらっと見た。


「ただ……私はね、今までに君たちが想像もできないくらいいろんな症状の方を診察してきた。山本さんと似たような症状の人も沢山いた。私の経験だけで言えば、山本さんは今まで診てきた人たちとは何かが違う、違和感があるのは確かだ。検査や外見からではわからない何かが起きている可能性もある」


 お医者さんは話ながらまた何やらキーボードでカタカタと打ち込んでいたけれど、ふと手を止めて顔を上げてこちらを見てきた。


「そう……だから、君たちの言うことを1つの可能性として考える。完全に信じるわけじゃないが考慮して治療にあたる。現実的な範囲内でね」


 お医者さんはそう言ってから、小さくため息をついた。


「でもそうなると困るのはこの人だ。君たちの話が本当だとすると、現代の医学では到底どうすることもできないことになる。現実的な話をすれば、山本さんはこのままあと1ヶ月で意識が戻らなければ医療機関では何もできることがないという判断になって、介護施設に送ることしかできなくなる。まぁいわゆる植物状態ということだ」


 その時のことを想像すると、僕は全身の力が抜けそうになった。


「ただし。君たちなら、もしかしたらこの人の意識を戻せるかもしれないんだろう?」


 僕らはゆっくりと頷いたけれど、そのまま下を向いてしまう。


 あのコウゾウさんですら刃が立たなかったあのラスボスに僕らが勝てる可能性なんて万に一つでもあるのだろうか。


「これはもしもの話だが」


 顔をあげると、お医者さんはもう電子カルテの画面を閉じていた。


「もしも、君たちのお父さんやお母さんが事故で大怪我をして病院に運ばれたとして。放っておいたら必ず死んでしまう状況で、今すぐ手術をしなくちゃ助からないとする。でも成功する可能性はかなり低い。そんな時、医者はどうすると思う? 君たちは、どうしてほしい?」


「可能性が少しでもあるのなら……」


「そうだ。ならば、君たちも迷ってる暇なんてないんじゃないか? 今、君たちにできることを考えて、それをやるしかない。その結果がどうなるかは私には分からんがね。それは私たち医療の人間にはどうすることもできない、君たちの仕事だ。そうだろう?」


 お医者さんは最後にそう言って立ち上がった。


 僕らは何も言えなかった。


 お医者さんにお辞儀をして、診察室を出た。

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