3-12 コウゾウさんの生き方

 コウゾウさんの家にいておもしろかったのは、毎日のように違う人が来る、ということだった。


 それはコウゾウさんの知り合いだと名乗る人だったり、町内会の人だったり、キョロキョロ周りを警戒しながら家に入ってくる人だったりした。


 何の繋がりかはわからないけれど、姫と同年代ぐらいの子供たちが近所からやってきているのも見かけた。

 姫とゲームをしたり、かくれんぼやボードゲームをしたりして遊んでいるようだった。


 家に来る人たちはコウゾウさんに何かを頼みに来ることもあるようだったし、ただ楽しく話をしに来るだけの人も沢山いた。


 身なりも様々で、少し泥のような臭いが漂ってくるようなボロボロの服で何故かギターケースを背負った人もいれば、ビシッとしたスーツ姿で高級そうな手みやげのお菓子や果物を持ってかしこまって家に来る人もいた。


 そういえばこないだは赤ちゃんを抱いた外国の人が深刻そうな顔で訪ねて来ていた。


 髪の毛が見えないように黒いスカーフを被っている女性なので確かイスラム教の人のはずだ。

 驚いたことにコウゾウさんは僕には何語かすら分からない外国語で真剣に話を聞いていたようだった。


 後からそのことを聞いてみると「あぁ、さっきの人? インドネシアから来た人なんだよ」と教えてくれた。

 なんでそんな人がコウゾウさんのもとにやって来たのか尋ねると「それは個人情報だから言えないよ」だそうだ。


 こんな感じで、コウゾウさんの他人との繋がりはめちゃくちゃに幅広かった。


 そして当の本人は「今日はこれからハイキングクラブの定例会があってね、高齢者の方と近所の山を登るんだ。楽しいよ、翔くんもどうだい?」とか、「サバイバルゲームの運営の手伝いがあるんだ」とか「岩牡蠣が大漁らしくてさ、海女さんたちに頼まれて出荷作業の手伝いに行ってくるよ」とか「知り合いが投稿動画の撮影をするらしいから行ってくるよ」なんて、とにかく毎日いろんなことをしに出掛けては、必ず何か対価を得て帰ってきていた。


 コウゾウさんは僕の思っているよりももっと忙しい人だった。

 なんとなくのイメージだけで普段は家にいることが多いのかと思い込んでいた。


 確かに決まった仕事はしていないけれど、生活に困らないような収入を得ているようだった。


 そして家を出る時は決まって楽しげな顔で「じゃあねー」と僕に手をグーパーしているのが印象的だった。


 前に姫がコウゾウさんの生活方法を「そのうちわかる」と言っていたのがなんとなく理解できるようになった。


 今日も僕が姫の勉強を見ていたときに携帯電話が鳴った。


 会話をし終えたコウゾウさんは手に持ったガラケーをぱたんと閉じて「知り合いのお弁当屋さんに一気に予約注文が入ったらしくてさ、ちょっと手伝いに行ってくるよ」と僕に告げた。


 身支度をしているコウゾウさんに「コウゾウさんって、料理もできるんですか?」と尋ねる。


「前に屋台でバイトをいくつかしてた時期があってさ、簡単な料理の手伝いぐらいなら一応できるんだよ」


 そう楽しそうな顔で教えてくれた。


「コウゾウさんっていろいろできてすごいですね」


 僕の口からはついそんな言葉が出てきた。正直なところ羨ましかったんだと思う。


 コウゾウさんには沢山のことができる力があって、いろんな人と繋がれるし沢山の人に信頼されている。


 僕の父さんや母さんが思うような”普通”でなくても、楽しく生きていけるのだということをこの人が証明してくれている。


 僕らが住んでいる安全な土地を離れ旅に出て、新大陸からこちらに腕を振ってくれているような、そんな頼もしさがコウゾウさんにはあった。


「ははは、やだなぁそんなことないよ。翔くんの方がすごいと俺は思うけどね」

「どうしてですか?」


 そう尋ねるとコウゾウさんは身支度をしながら僕に話した。


「うーん、そうだな。俺ってほら、前に言った通り読んだり書いたりするのがすごく苦手だからさ、勉強ができる人達って昔から別世界から来たんじゃないかって思えてたよ」


 茶色い皮のカバンを肩にかけて。困ったみたいな笑顔でこちらを振り返る。


「俺は日本の学校の勉強は合わなかったんだよ。無理やり苦手なことばかりさせられてたし、嫌いだった、自信もなかったし、毎日すごく疲れてたな。ある日さ、学校の先生に『なんでもっと頑張らないんだ』って言われてさ、キレちゃったんだよ。怒りに我を忘れてさ、先生に殴りかかっちゃったんだ。自分勝手かもしれないけどさ、そんな自分がすごく怖くてさ」


 机に向かっている姫を横目に見ながらコウゾウさんは続ける。


「でも昔に父さんがね、その事件のことを知ると、まぁ殴りかかったのは良くなかったなって言われてから、確かこう言ったんだ『いくら強いボクサーでも土俵で相撲をとったら力士には勝てない、やっぱりボクサーはリングの上で戦わなきゃ。お前も、お前の得意なところで勝負しなくちゃいけない』って。それで得意なことを見つけるためにって理由で、誘われるままに父さんの仕事について行っていろんな国を回ったんだ」


 なるほど、そうか。そうだったのか。

 僕はコウゾウさんの謎が1つ解けたような気がした。


「実際、日本を出て世界に出てみれば字を知らない人なんて結構たくさんいたし、別に日本語の読み書きがあんまりできなくてもいじめられることも変なものを見るような目でみられることもなかったよ。それに、俺のしたことで感謝されることもお金をもらうこともたくさん経験できたんだ。だからわかったんだ、問題は僕にあったんじゃなかった、この小さい国の中の、さらに小さい学校っていう世界にいた時にだけ存在していたんだ。そう考えるとさ、なんだか誰かや何かに怒るのもバカらしくなっちゃったんだよね」


 コウゾウさんが浮かべる苦笑いの後ろに、言葉にできない苦労の片鱗が見えるような気がした。


「まぁとにかく、そういう点じゃ僕は翔くんが羨ましいよ、本当に。この国では勉強ができるってのはすごく得なことだと思うよ。俺みたいな生活って楽しいけど社会保障も手薄だし将来にも不安が……って、中学生には生々しすぎる話だね、ははは」


 コウゾウさんの言葉に、何て返せばいいのか咄嗟には思いつかなかった。


「おっと。お弁当屋さんに行ってくるね」


 確かにコウゾウさんの言っていることは本当のことなのかもしれない。

 でも納得がいかなかった。僕がこの人に羨ましがられるような人間ではないように思えて仕方なかった。


「あの!」


 玄関の戸を開けて出ていくコウゾウさんを、知らないうちに呼び止めていた。


「コウゾウさんは、やっぱり、その、すごいと思います」


 不思議そうな顔をして振り返ったコウゾウさんに言えたのは、そんな大雑把な言葉だけだった。


 すると困ったように笑って「ありがとう」と返事をしたコウゾウさんは「じゃあねー」といつものようにグーパーさせて家を出て行った。

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