3-11 僕の日々

 植松先生の心配をよそに、僕は放課後の時間帯は毎日のように真っ直ぐコウゾウさんのところに行くようになった。


 強くならないと死ぬかもしれないって状況で、四の五の言ってられなかった。


 それに僕はどこかで、コウゾウさんは植松先生が言うようなろくでもない人ではないと感じていたのだと思う。


 コウゾウさんの家に着くと体操服に着替えて準備運動や走り込みをして馬歩と筋力トレーニングをして小八極という基本の型を練習して、コウゾウさんに八極拳の考え方や人体の急所や関節の仕組みなんかを教えてもらい、その後は姫の勉強をみる。というルーティンが始まった。


 僕が家に着くと必ずコウゾウさんは庭で待っていてその日すべきメニューを教えてくれた。

 どうやら僕の体力に合わせた練習量を考えてくれているようで、必ず限界を感じる少し手前のところで練習が終わるように調整されていた。


 コウゾウさんの考えるメニューはどれも目的がはっきりとしていて、理にかなっているように思えた。


 しかしどうやら知れば知るほど八極拳ってのは僕の思っている柔道とか空手なんかの武道とは根本的に違うものみたいだった。


「八極拳の特徴は攻撃力にあって、これをほうかんとつげきの4字で表すんだ。すなわち山をも崩し、地をもゆるがすような攻撃ということで……」


 とかなんとか。


 ちょっとよくわからない部分もあったけど、とにかく技の威力を大事にしているらしい。


 ある日、貼山靠ティエシャンカイというお互いの背中を使った体当たりの稽古が始まった。


「これは何のために行うか、説明するね」


 コウゾウさんは初めて行う稽古の目的はこうして必ず僕がわかるまで教えてくれた。


「威力の高い打撃を行うには、それを支える足腰のパワーと体の頑丈さが必要なんだ。貼山靠はそれらを培うためにやるんだよ、わかったかい?」


 おおざっぱすぎる説明に、冷静に考えればやっぱりオカルトでは? と思う部分もあるのだけど、コウゾウさんの非現実的な強さがその理屈を裏付けていたので何とも言えない。


 貼山靠の背中をぶつけ合う修行をやってみて始めてわかったことだけれど、コウゾウさんの背中は僕の想像よりもずっと固くて重く、こっちが助走をつけて全力で体当たりをしても1センチだって動かないんじゃないかと思うほどだった。

 身体に触れるだけで格の違いが否応にも感じ取れた。


 一度だけ、僕は「型とか基本メニュー以外に組手とかの練習はしないんですか」と尋ねたことがある。


 コウゾウさんはうーんと唸って「攻撃ってなると関節技とか相手のバランスを崩したり急所を突く技はいろいろあるんだけどさ。そういうのは、今やってる基礎的な部分ができてからだね。まずは土台作り、ここが一番大事だから」と釘をさされた。


 そうして来る日も来る日も僕はコウゾウさんの家に行って基礎のメニューを繰り返した。


 それはただただ単純な稽古だった。


 しかしそれでも退屈じゃなかったのは「踏み込みがしっかりできるようになってきたね」とか「前を見れるようになってきたね、いい感じだよ」とか、毎日コウゾウさんが必ず僕自身でも気づかない変化を教えてくれたからだと思う。

 それに馬歩の姿勢は日に日に長くとれるようになり、走り込みや筋トレをしても息が切れなくなっていった。


 コウゾウさんのもとで鍛錬を始めてから3週間ほどが経った頃のこと、攻略ノートを見ていて気づいたことだけど、ダメージを受ける頻度が少なくなっていた。

 それは毎日の鍛錬のおかげで体力や瞬発力が身についた結果なのだろう。


 ただ、1回の攻撃でHPの2割、多ければ3割ほどが削られる攻撃もあって全然油断はできなかったけど。


 回復に関してはキュアーの正確な効果[SPを10使って最大HPの10分の1を回復する]ことだと最近記録から計算して判明した。

 レベルが上がるほど使いやすいスキルになっているようなのは救いだった。


 山本家のおばあさんは連日顔を出す僕のことに慣れてきたのか「今日も来たんやな。ふん、まぁゆっくりしていき」と眉間にしわを寄せたまま言ってくれるようになり、歓迎されているのか迷惑だと思われているのかよくわからない対応を受けるようになった。


 最近では外出から帰ってきたおばあさんに「たい焼き買うてきたで、いるか」とあんこがたっぷり入った皮がパリパリのたい焼きをもらったり、唐突に家の裏にある畑に連れて行かれて雑草取りを頼まれたりもした。


 姫にはスマホで画像を見せながら持っている記憶を探っていった。

 ポケベルや年号が平成だったことを知っていたようなので、どうやら1980年代かそこらの記憶が残っているらしいということはわかった。

 つまりあのおじいさんがこのゲームの発売されたと言っていた時期と重なっていた。


 だけどそれ以外に攻略に有益と思えそうな情報は結局集められなかった。


 一方、僕の頑張りのせいかどうかはわからないけれど、姫の勉強へのモチベーションだけはとどまることを知らず、算数以外の教科についてもぐんぐん知識を身に着けているようだった。

 姫が「わかった、なるほどね! さすがだね翔! 教えるのがうまい」と楽しそうに言ってくれると嬉しいし、僕も頑張らないとな、という気になった。


 姫は僕が答えられないことをどんどん質問してくるようになってきたので、塾が終わった後に植松先生に聞きに行ったり家に帰った後にネットで検索しながら答えを考えたりした。


 塾から帰ると姫が日中退屈しないように問題を作ったりフォルティスクエストの攻略について考えたりで気付いたら寝る時間になっている、ということが増えて気づけばかなり忙しい日々を送っていた。


 別に青春っぽくは全然なかったけど、不思議と充実感だけは感じるようになってきていた。

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