3-10 植松先生
なんで先生がコウゾウさんの名前を知ってるんだ。
「あの……えーっと……違います、です」
追い詰められてついた嘘は下手すぎたようで、先生は「うわー。あーあ」と天井を向いて目に手を当てて、まるで僕が見ていられない失敗をしたかのような態度をした。
しかしバレてしまったのならしょうがない。僕は別に悪いことをしているわけじゃないんだ。
「あのー、先生もコウゾウさんのこと知ってるんですか?」
「知ってるも何も……まぁいいわ。それより富田くんが勉強を教えてる女の子って山本君の何?」
「何って言われても、困るというか、ははは」
「あいつの子どもなの?」
「それは、違いますよ」
「じゃあまさか幼妻ってやつ?」
「そんなわけないでしょ」
僕が呆れて言うと、先生はあからさまな疑いの目をこちらに向けて「ふぅん」と言った。
「富田くん、言っとくけどね、あんな人間にだけはなっちゃだめよ、絶対だめ」
「どうしてですか?」
「どうしてもよ」
さすがにここで、はいそうですかと引き下がるわけにはいかなかった。
「僕はちゃんとした理由が知りたいです。そこまで言えるって、先生とコウゾウさんってどんな関係だったんですか?」
そう尋ねると、先生は眉間にしわをよせながら
「小学校と中学校が一緒だったの、関係なんてそれだけ」
と言って、すぐに不満を吐き出すように続けた。
「家が近かった私が学校を休んでる山本くんにプリントを届ける係になっちゃって。でもね、あいつ私が一生懸命学校に誘ったのに全然来なかったの」
黙って先生の話の続きを待っていると「絶対誰にも言っちゃだめだからね」と前置きしてから続きを話してくれた。
「私が半分ムキになってたのもあるんだけどね、当時は私って学校には当然行くべきでサボりは良くないって思ってたから、プリントが配られた日は絶対に家に行って明日は学校に来るように説得したの。でも山本くんは私が来てるっていうのに顔も見せなかったの。ひどくない? だから行きたくなるように毎日ドア越しに学校で起きたいろんなことを話してやったわ、面白い話も悲しくなる話も、恥ずかしい話だってした。最初は返事だってあんまりなかったからお地蔵さんに話すみたいな気持ちだったけどね。おかげでなぜかあいつのお母さんと仲良くなっちゃったりなんかしてさ、わけわかんないよね。でもね、だんだん山本くんが話してくれるようになってきたなって、ちょっと安心してた時だった。山本くん、いきなり家からいなくなっちゃったの。急にだよ、本当に急に。ある日家に行くとおばあさんが出てきてさ。聞いたら山本くんはお父さんと一緒に海外に行ったって言うのよ。それで私宛の手紙を渡されて『いつも学校のこと話してくれてありがとう。でもごめん、やっぱり俺に学校は合ってなかったみたい』って。ふざけんなって思わない? 私の小学5年から中学2年までの貴重な放課後の時間を返せっての、4年間よ、4年間。しかもそれから何ヶ月か経って中国から写真はがきが届いてさ、なんちゃら拳の修行してますって拳法着姿で山本くんが楽しそうにしてるやつ。ビリビリにやぶいてやろうかと思ったわ、なんで学校じゃなくて拳法修行なのよ、今西暦何年だと思ってんだろうね? 本当にさ。わけわかんないよね」
そこまでまくしたてるように話した先生は、我に返ったみたいにしてこっちを見た。
先生にすれば学校に連れていけなかったという失敗でもあり、コウゾウさんに裏切られたようにも感じていたから、きっと今までずっと誰にも言えずに心に溜め込んでいたんだろう。
「あーあ、つまんないこと思い出しちゃった。とにかく話したとおり、あいつはろくなやつじゃないのは確か。いい? あんまり近づいちゃだめよ」
しかしそう言う割に先生の顔は完全に怒っているようではなかった。むしろ懐かしい思い出を話すような柔らかさがあった。
「そうなんでしょうかね」
「そうよ、そうに決まってる」
植松先生は大きなため息を吐いて続ける。
「まぁね、今になっちゃえば元気にしてるのならなんでもいいわ。山本くんにもう興味なんてないもの」
「あの、ありがとうございます、いろいろ教えてくれて」
不機嫌そうな顔をした先生にお礼を言うと「この話、絶対に秘密だからね」と念押ししてきた。
それにしっかりと頷いてから塾を出て、澪との試練に向かった。
ちなみに、その日のモンスターは尻尾に火がついたネズミで、僕は公園中を逃げ回るそいつに追いつこうとダッシュを繰り返した。
そのせいでちゃんとマッサージをしたにも関わらず次の日起きると全身の筋肉が爆発してしまったような痛みがあり、壊れたおもちゃのような動きで学校に行くはめになってしまった。
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