3-7 咄嗟の思いつき

 ざざっと足音がしてコウゾウさんが走ってきて僕の前に立った音がした。


 顔の前で閉じた腕の間から覗くと、腰を深く落としたコウゾウさんが右の拳で鳥人間のみぞおちあたりに一撃を入れるのが見えた。

 塀の近くまでふき飛んだ鳥人間が煙になっていくのが見えた。


 小さなクリスタルがぽとりと地面に落ちた。


 浅い呼吸でうまく息ができていなかったのが徐々に元に戻ってくる。


「大丈夫?」

「あ、の……ありがとうございます。もう平気です」


 コウゾウさんは僕に手を差し出して立たせてくれた。


「さっき、動けなかったの?」

 コウゾウさんはこっちを見てはっきりとそう聞いてきた。


「そうです。でも、まぁ、無理なんですよ。しょうがないです」


 僕だけレベルが低いことやスキルを獲得していないとを言い訳する前に、コウゾウさんは僕の両肩を優しく掴んだ。


「しょうがなくなんて無いよ」


 コウゾウさんが僕を真っ直ぐに見てくる。

 その表情には僕を非難する色はなく、むしろ心配しているように僕には感じられた。


「いや。でも、本当に、無理でした。何もできませんでした」


「確かに動けないことはしょうがない。負けたり失敗するのもしょうがない。逃げ出すのもしょうがないと思う、どうしようもないこともある。でも全部諦ちゃうのはもったいないよ……。あ、いや、なーんちゃって。ちょっと説教くさくなっちゃったかな、ごめんごめん。こんなことをしているのも、言ってしまえば俺のせいなのにね、いやぁははは」


 最後は我に返ったかのようにおちゃらけた感じで僕の肩から手を放して頭を掻いていた。


「まぁまたいつでも試練は一緒にできるからね。放課後に用事がない時はうちに寄ってよ。姫も退屈しないだろうし、助かるよ。あ、そうそう忘れないうちに。はい、これは今日の姫の授業代ね」

 

 コウゾウさんがポケットから何かを握った手を差し出してきて、咄嗟にそれを受け取るみたいに手を伸ばす。

 渡されたのはピカピカの500円玉だった。


「えっ! いやいやいや、もらえないですよこんなの」


 コウゾウさんの予想外の行動に僕は驚いた。

 何かをしてお金を貰ったことなんて初めてだし、両親にはトラブルにならないように他人からお金を受け取ってはいけないと小さい頃から言われてきたから、嬉しさよりも困惑が勝ってしまう。


 受け取りかねている心境を悟ったのか、コウゾウさんは加えて言った。


「俺は翔くんだから姫の先生として雇ったんだし、翔くんはどうやら有意義な授業をしてくれた。だからこれは正当な授業料だよ、受け取ってほしいな」


 うーむ、でも親にバレたら厄介そうだし、なんだか使うのにも勇気がいる。

 中学生でアルバイトみたいなことをするなんて、法律的にもやばそうな気がする。


 何か代わりになるような物がもらえればそれでいいんだけど、と頭をひねる。


 コウゾウさんがこちらをじっと見てきた。


「あ……じゃああの、代わりにさっきの拳法を教えてほしいです」


 僕はとっさに思いついたことを言った。

 本当に、言ってからなんでそんなことを言ったのだろうと思った。


 でも、コウゾウさんの戦いを見ていたら、澪みたくスキルの力が無くてもなんとか戦えるのかもしれないという気がしていた。


「え、八極拳のこと?」

 僕は自分の気持ちがよくわからなくて、ぎこちなく頷いた。


「もちろんいいよ、そんなのお安い御用だよ。俺は学校終わりの時間帯なら家にいることが多いし、いつでも来たいと思った時においで。なんならフォルティスクエストの残り期間、毎日でもいいよ」


「じゃあそれが僕への報酬ってことでいいですよ」


 そう言って押し通そうとする僕に困った顔をしたコウゾウさんは「うーんそう? でもなぁ、それだけじゃあ姫の授業料としては安すぎる気がするな。そうだ、一旦貯めとくことにしようよ、ね?」と言って隣のあのカオスな部屋からレトロな陶器製の豚の貯金箱を持ってきた。


「いいアイデアでしょ」


 コウゾウさんが500円玉を貯金箱のスリットに入れると、からん、と乾いた音が響いた。


 その時僕の頭にはある疑問が浮かんだ。

 こんな風に僕にお金をあげる余裕なんてあるのだろうか。確か働いていないって噂を聞いているけど、どうやって生活しているんだろう。


「ずっと気になってたんですけど、コウゾウさんって何の仕事してるんですか?」

「うーん、仕事って感じのことはしてないけど……。敢えて言うなら何でも屋っぽいことかなぁ」


「なんでも屋ってどんなことするんですか?」

「俺ができることなら何でもするんだよ。いやー説明が難しいな」


 コウゾウさんははっきりとした答えを返してこなかった。


 僕が不思議に思っていると、縁側でポッキンアイスを頬張っていた姫が「この家に来ていれば、そのうちわかるよ」と、ポッキンしたもう片方をこちらに差し出しながら教えてくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る