3-3 姫の不満

 その日の放課後、僕はグラウンドで野球部たちが掛け声を出しながらランニングを始めているのを横目にコウゾウさんの家に向かった。


 今夜は澪が試練を一緒にできないと言っていたのでコウゾウさんの家で試練をさせてほしいと電話でお願いしたからだ。

 コウゾウさんは「ぜひ来てよ! ぜひぜひ!」となぜかすごい勢いで歓迎してくれた。


 ちなみに澪は友達の家に中間テストの勉強会という名目で土曜日の明日にかけてお泊り会に行くらしい。


 僕にしてみれば普段の勉強に加えてフォルティスクエストのことでもう手一杯なのに、澪は11月の文化祭に向けてもうさっそく部活の朝練が始まったらしく、かなり大変なようだ。


 授業中もたまにうつらうつら船を漕いでいるのを見かけた。

 だけどそういう姿を見ると、澪は忙しくも充実した日々を過ごしているんだなと羨ましくも思えてしまう。


 1学期の頃から胸の内に押し込めていた恨めしさと諦めの混ざったものが2学期に入ってさらに膨らんでいくのを感じていた。 


 僕は下を向いて歩きながら大きくため息をついた。


[名前:翔 レベル52 HP187/187 SP42/42]


 昨夜のカマキリで珍しくレベルは3個上がったけれど、他の2人には全然レベルが追いつかない。

 

 それどころか差は開いていくばかりだ。


 確か昨夜の時点ですでに澪はレベル85、コウゾウさんはレベル88になっていた。

 3つ目のスキルも開放されて、モンスターに苦戦しているところは見たことも聞いたこともない。


 澪は1回の戦闘で3個か4個レベルが上がることがほとんどだった。同じ場所、同じ時間でモンスターを出現させているのに、どうしてこんなにも差がでるんだろう。


 もちろんレベルアップに関する調査もやっているけれど、全くと言っていいほど手がかりは掴めていない。

 大きな音を出すことも河川敷に行くことも、金属に触れたり楽器を鳴らしてみても全く意味はなかった。


 見当違いなことばかりしていて何も進まないのに、差だけが開いて焦りだけが募っていく。


 もしフォルティスクエストを始めたのが僕以外の奴なら、もっとレベルだって上がりやすくてモンスターに苦戦することなんてなかったのかもしれない。 


 ひび割れたアスファルトを見ながら歩いていると「おーい翔くん! おかえり!」と遠くからコウゾウさんの声がした。


 天然パーマのシルエットが近付いてくるとカランコロンと下駄の音がした。


 手には使い込まれた手桶とひしゃくを持っていて、そこだけ見れば日本古来の水撒きスタイルという感じだ。

 しかし原色の折り紙を敷き詰めたような派手なシャツと髪型が究極的にミスマッチだった。


 あんな遠くから走ってきて、まるで僕が学校から帰ってくるのを見計らっていたみたいだ。


「いやぁよく来てくれたね。ちょっと姫がその……退屈しててさ」


 珍しくコウゾウさんの目が泳いでいる。

 もしかして水撒きをしていたのって家にいる姫から逃げるためなんじゃないだろうか。と、ふと思った。


「あ、そうそう! 頂き物なんだけど、おいしいお饅頭もあるんだよ。それも食べてゆっくりしていってよ。ね、ね?」


 コウゾウさんのあからさまに怪しい態度に若干の不安を覚えつつも「それじゃあ、すみませんお言葉に甘えて……」と家に上がらせてもらった。


 前と同じように縁側のある部屋に行くと姫がいた。


 人気アニメのキャラクターがプリントされたTシャツにハーフパンツ姿で、何故か仰向けで気をつけの姿勢をしたままじーっと寝転んでいた、しかも目はバッチリ見開いたまま。


「えっと……姫? 大丈夫?」


 おそるおそる声をかけると、天井を向いたままの姫はか細い声で「翔?」と確認してきた。


「うん、そうだけど。姫、どうかしたの?」


 不穏な雰囲気を感じながらそう尋ねる。


「あのね、やることないから天井のシミで星座を作ってたの。ほら、あれがスライム座だよ。ふっ……ふふ、ふふふ」


 姫は指を指しながら不気味な笑みを浮かべた後、急にピタリと笑うのを止めて気をつけの姿勢のまま寝返りでごろごろ転がってこっちまで来た。


 そしてその不気味さに立ちつくしている僕の足にぶつかって止まる。


 真顔で上を向く姫と目が合う。人形みたいに整った顔が逆に少し怖かった。


「ねぇ翔、学校って何をするところなの?」


 まるで病気で寝込んでいるときのような声でそう尋ねられた。


「は? え、学校? うーん、勉強したり、たまに遊んだりするところ、かな?」


「それって楽しいの?」

 その問いに即答できず、僕は少し固まってしまった。


「ん、うーん。まぁ楽しいって人もいるんじゃない?」


「……つだよ」


 聞こえるか聞こえないかの声で呟いた姫は、真上を向いたままカタカタと小さく震えだした。


「え?」


「た……い……く……つ!」


 一文字ずつ恨みを込めるようにして言う姫を目の前に、僕の脳裏には地震が起きて火山が噴火する映像が浮かんだ。


「退屈ー! あー退屈退屈退屈退屈退屈退屈!! 退屈だよ! なんだよ、みんな揃って学校ってとこに行っちゃってさー! 私だけ置いてけぼりだよ! 私も学校行きたい行きたい行きたいー! コウゾウのバカー! ケチー! アホー! スカポンタン!」


 それまで溜まっていた不満を爆発させた姫は、右に左に寝返りでローリングアタックをしながらそう訴えた。

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