3-2 僕の価値
ピピーッ!!
体育教師が吹いた試合終了の笛で意識が現実に戻ってくる。
うわあああー!
あの時なんであんなこと言っちゃったんだ。
澪だって怖い思いしながら戦ってるってのに、ダサい、ダサすぎるだろ、自分。
頭を抱えていると、隣で先に立ち上がった同じC班の杉本に「なにやってんだ? 行こうぜ」と不思議そうに言われた。
その肌はよく日に焼けていて僕とはまるで違う人種のようだった。
「あ、うん」
あわてて立ち上がると、試合を終えたA班のやつらがぞろぞろとこっちに戻ってきていた。
杉本は小学生の頃はたまに一緒に遊んでいた仲だった。
以前はあまり運動が得意な方ではなかったし体格ももう少しふくよかで、皆からはそのもちもちした体と名字をもじって”モッチー”と親しげに呼ばれていた。
だけど小学5年生の頃にサッカークラブに入ってからはだいぶ痩せたし身長も伸びて見た目の印象が急に変わった。
中学のサッカー部に入ってからは僕とは交流がまるでなくなって、顔立ちも、喋り方も、まとっている雰囲気すらも小学生の頃とは全然違うものになってしまった。
気がつけば杉本をモッチーと呼ぶ人間は1人もいなくなっていた。
ジャージ姿の体育教師がホイッスルを吹いて試合が始まった。
相手のB班には昔から運動神経が良い野球部の谷野とバスケ部の島本がいて、しかも班分けの都合で向こうのほうが1人多かった。
しかしそれでも杉本はすごかった。
一目見ただけでもドリブルの動きが他の奴らとは全然違う。
ボールが動いていると思ったら突然止まったり、フェイントをかけて別の方向に蹴ったりする。
味方へのパスや指示も的確で、相手を翻弄しながら軽々とディフェンスを突破していった。
間違いなくC班の中心は杉本だった。
またたく間に相手のゴールネットが揺れるとC班の皆は大げさに喜んでガッツポーズを決め、ハイタッチをした。
「そっちはサッカー部がいるだろーがよー! ちっとは手加減しろよなー」
B班の谷野が悔しそうに言うと杉本は「まぁこれでも本気じゃないけどなーははは」と嬉しそうにしていた。
再び笛が吹かれて試合が再開すると「くそー、杉本マークしろ!」「下がれ下がれ!」「今のはオフサイドだろー!」「オフサイドって何だよー!」と楽しげな声がコートに響く。
しかし声を出していたりボールに触っているのはクラスの中でもやんちゃな奴らだけだ。
僕を含めて白い肌のなよなよ走っているだけの陰キャ人間はサッカーをしてるフリをしているだけで早々にゲームに参加するのを諦めている。
ただ群れの中にいる小魚のように皆の動く方向に合わせて動きつつ、ボールよこっちに回ってくるなと念じて関わらないようにしているのが見え見えだった。
いつの間にクラスの中で僕らの役割はこんなにはっきりと決まってしまったんだろう、と他人事のように考えていると、またピピーッ!! とホイッスルが鳴った。
C班に2点目が追加されたのだ。
試合が再開してよく見るとB班の谷野たちは1人でドリブルをしてシュートまでやろうとして何度も失敗しているけど、杉本はちゃんと味方にパスを回しているのがわかる。
そんなことをひどく客観的に観察していると、急に遠くから呼びかけられた。
「冨田!」
え、何だ?
何だもなにもない、パスが来たんだ。
まさかこっちにボールが来るとは予想していなくて反応が遅れた。
足を出すタイミングが遅くてボールはそのままグラウンドの向こう側に転がっていってしまった。
慌てて走って取りに行こうと走り出すと「おいー! そこはちゃんと取れよなー!」という嘲笑混じりの声が聞こえた。
しかも相手の班のやつがボールを取りに行くダッシュのスピードが僕とは比べ物にならないほど速くて、結局、僕はそのゲームでは最後まで一度もボールに触れることはなかった。
試合終了のホイッスルの後、杉本が横から僕の肩に手を乗せて「まぁしょうがないよな、気にするなよ」と言ってくれたけど、怖くてその顔は見られなかった。
きっと杉本のことだ、僕がぼーっとしていたことなんてお見通しだったんだろうと思う。
教室に戻ってからも、僕は誰の顔も見ないように下を向きながら制服に着替えて席に着いた。
自分の愚かさや無力さに押しつぶされない方法を誰か教えてほしかった。
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