2-10 姫の記憶
とにかく、記憶喪失の真偽を確かめるためにも姫からなんとかして情報を聞き出していく他は手の打ちようがない。
「コウゾウさんの連絡先、できたら僕にも教えて下さい。手がかりになるようなことは共有しておきたいですし、いざという時に連絡が取れないのは困るので」
僕は今までずっと煩わしく思っていたことをコウゾウさんに言った。それに姫の動向も掴んでおきたい。
コウゾウさんは「ああうん、そうだよね」とポケットに手を突っ込んだ。
「えーっと、電話番号でいいかな?」
コウゾウさんのポケットから出てきたのは2つに折り畳める昔のケータイ電話、いわゆるガラケーというやつだった。
僕はほとんど見たことないそれを眺めながら「いいですけど……アプリでメッセージをやり取りした方が便利ですよ。スマホは持ってないんですか?」 と思わず尋ねてしまう。
「いやーはは、実は持ってないんだよね」
僕は人生で初めて大人でスマートフォンを持っていない人というのを見た。
今は老若男女ほとんどの人がスマートフォンを使っている時代だ。ネットやSNSで情報を漁ったり、動画をとったり、キャッシュレス決済をしたり、できることは無限大だ。
そんな事を考える僕の心を読み取ったかのように、コウゾウさんは困ったような笑顔を浮かべて教えてくれた。
「実はね、俺って文字を読んだり書いたりするのがあまり得意じゃないんだ。特に画面の光はチカチカするし小さい字も苦手なんだ。だから申し訳ないんだけど、連絡が取りたかったら電話でお願いするよ。それに、もし姫や俺に会いたくなったらいつでもここにおいで、歓迎するよ」
そうなんだ。初めて聞いたけどそんな人もいるんだな。
「姫はずっとこの家にいるんだよね」
「うん。もし私になにか連絡したくなったらコウゾウに電話してくれればいいよ」
目を細めながら電話番号を登録し終えたコウゾウさんは、パタンと電話を閉じた。
「でもすごいねぇ、そんなちっこい機械でいつでも誰とでも電話できるんだもんね」
姫が僕のスマホを見てそんなことを言った。「そうだよね」と流してもいいようなセリフだったけど、僕にはそれが妙にひっかかった。
「姫は携帯電話を見たこと無いの? でも電話ってことば自体は知っているんだよね。姫っていつ頃の人なの?」
「えー、わかんない」
答えるまでの一瞬、姫の目が泳ぐのを僕は見逃さなかった。
「姫はさ、今まではどこに住んでたの?」
「どこって、それがわかんないんだよねー。たぶんゲームのカセットの中とかじゃないかな」
「カセット?」
僕が澪を見ると、澪も同じような顔で僕を見ていた。
コウゾウさんが「カセットってあれだよ、ほら、ゲーム機に刺さってるソフトのことだよ」とフォローをしたけれど、姫の表情は固まっていた。
「へぇ、そうなんだ」
実は僕はカセットの意味は知っていた。
今年のお正月に親戚のおじさんが「今の若い子は全部ダウンロードだからゲームのカセット欲しいなんてあんま言わないもんなー」と耳慣れない言葉を使っていたのを覚えていたからだ。
でもこれで少しわかった、姫は昔の日本のことを知っている。そしてそのことをわざと隠していた。
姫には何か正体を知られてはいけない理由があるんだ。
僕はさらにいろいろ情報を引き出したかったのだけれど、
考えているうちに空気を切り替えるようにコウゾウさんが「さて、もうそろそろ暗いから今日はこのぐらいにしておこう。また集まって進捗を話そうね」と言い、その日はお開きになった。
「じゃあ姫、また遊びに来るからねー」
玄関で澪が姫に手を振ると、姫も「また来てね」と手をぶんぶん振り返していた。
僕も「お邪魔しました」と言うと、コウゾウさんは「また作戦会議しよう。いつでもおいでね」と言ってくれ、澪と中学校の方向に向けて歩き出した。
闇に包まれた畑からはコオロギの鳴き声が頭の中に響くぐらいうるさく聞こえてきていた。
帰り道、僕はさっき姫とのやりとりで気付いたことを敢えて澪には話さなかった。
元々澪は隠し事が得意なタイプではないし、探っているとわかれば姫から口封じのようなことをされるかもしれない。
なぜか頭にふとイモムシ事件のあの日、目を泣き腫らしていた澪の顔が浮かんだ。
僕がしっかりしなくちゃいけない、これは命をかけたゲームなのかもしれないのだから。
そう思った時だ。
突然僕のポケットから小さくピコロンと聞こえた気がした。空耳かと思って横を歩いていた澪の顔を見ると、こちらを見返していた。
「聞こえた? 今の」
「うん」
街灯の下でポケットの中からステータスカードを取り出すとスキル欄が[1 ポイズンヒール 2 キュアー]となっていた。
キュアーの説明には[対象プレイヤーのHPを小回復]と書いてあった。
「なんで今?」
こうして僕のスキル獲得条件は全く予期できないものになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます