2-9 手掛かり
お盆の上にシュークリームを乗せて戻ってきたコウゾウさんはついでに力士の写真が大きくプリントされた壁掛けカレンダーも取ってきた。
僕らはサクサクのシュー生地の中に生クリームとカスタードの両方が入ったそれを食べながらカレンダーを覗き込んだ。
「ちょっと思ったんだけどさ、残り84日で今は25レベルぐらいって考えると、最後にはレベルいくつぐらいになってるんだろうね」
コウゾウさんが僕らに向かってそう言うと、澪は「ちゃんと宿題を終わらせてた翔くん様が計算すればいいんじゃない?」と僕を一瞥した。
澪の言い方に僕は少しモヤッとしたけれど、そんな子供っぽいことで怒っても仕方ないので僕はさっきのモンスターの表を書いた紙に筆算をした。
「えーっと、だいたい25レベルに15日かかってるので1日あたり1.67レベル上がっている計算だから、最終日は167レベルぐらいかな。あでもこれ、レベル上限が99だったらどうなるんだろ」
「ねぇ翔、もしかしたらレベルが高くなるほど上がりにくくなるかもよ」
確かに、ゲームのレベルアップにはよくある仕様だ。
「そういえば、僕らのレベルに差が出たのは何が原因なんだろう」
こめかみに指を当てて考えていると、澪が「ふっふっふ」と不敵に笑ってから言った。
「それなんだけどさ、昨日戦った小さなドラゴンみたいなのいたじゃん? あのモンスターから大きな金平糖が出ててさ、実はあの後カード見たら一気に4つもレベル上がってたんだよね」
「えっ一気に4も!? なんだよそれ、ずるくない?」
それで澪だけレベル28にもなっていたのか。僕もレベルが2つ上がることはあるけど、そんなに一気に上がることもあるのか。
「別にずるなんてしてないでしょ。たまたまなんじゃない? 今までにドラゴンのモンスターなんて現れてなかったし」
「そっか。……って、そういう大事なことはちゃんとすぐに教えてくれよ」
「今日驚かせてやろうと思ってわざと黙ってたの、へっへへー」
へっへへーじゃないよ、と心の中で軽くツッコんでおく。
「ねぇ姫、そういえばこれって巾着袋に入ってるクリスタルを他の人の袋に入れ替えるとどうなるの?」
僕がそう尋ねると、澪は警戒するような目でこちらを見て自分の巾着袋を手元に引いた。
「どうなるかはわかんない。でも正攻法から外れた違法行為ってことになると、何かのペナルティはあるかもね」
さすがにそんなことできたらゲームシステムが崩壊してしまうか。
「ねぇ澪ちゃん、ドラゴンが出た日は何かいつもと違った事はなかった?」
コウゾウさんにそう尋ねられた澪は上を向いて思案した。
「うーん、モンスターを出現させるところから倒すとこまでは別にいつもと変わったことはなかったです。……あ、全然関係ないかもしれないですけど、その日はお昼ごろから河川敷で楽器の自主練をしてました。あれ、初めてやったけど結構恥ずかしいんですよね」
「楽器の練習? あぁ、吹奏楽部のやつ?」
僕がそう尋ねると「そう、トランペッターなんだよ、私」と澪は少し自慢げに胸を張る。
「とはいっても本当に演奏会に出るのは11月頃なんだけどね。あの楽器はミスがめちゃくちゃ目立つから怖いんだよ」
僕は河川敷の橋の下でトランペットを吹いている澪の姿を想像した。
まだ学校でも楽器を吹いている姿は見たことがないけれど、なんとなく澪ならトランペットも上手いんじゃないかという予感がしていた。
センスがありそうだし、楽器自体も明るくて
「トランペットの練習か。今の段階じゃまだそれが直接レベルアップに関係しているかどうかはわからないけど、もしかすると有益な情報かもしれないね」
その後、3人でレベルアップしやすいモンスターが出る条件をいくつか予想した。
「楽器を使う、たくさん息を吹く、大きな音を出す、疲れることをする、少し恥ずかしいことをする、河川敷に行く……こんなとこかな? まだ本当に当てずっぽうだから何が正解かはわからないけれど。明日から1つずつ検証してみようか」
僕と澪は頷いた。
しかし3人寄れば文殊の知恵ってやつだ。一人で考えても何の手がかりも掴めなくて真っ暗な廊下のスイッチを手探りしているようだったけれど、こうして皆で考えると不思議と攻略の糸口を掴めそうな気がする。
姫から情報をなにか引き出せればもっと手っ取り早いんだけど。
横目で見ると、ほっぺたにクリームをつけた姫と目が合った。
僕は姫の「わからない」という言葉や記憶がないことをかなり疑っていた。だって、果たしてそんな都合の良い記憶喪失なんてあるだろうか。
コウゾウさんの言うみたいにそもそも設定が無いってことも考えられるけど、どういう王国の姫だとか主人公との関係とか、そういう必ずあるはずの人物設定が無いのはやっぱり違和感がある。
もしかすると姫は意図的にゲームの情報を僕らに隠しているんじゃないだろうか。
でも仮にそうだったとして姫には僕らに攻略情報を渡さないことに何のメリットがあるかわからない。
他に可能性があるとすれば、ゲーム攻略が進むにつれて姫の記憶が蘇ってくるというようなストーリーになっているとか、あるいは僕達にゲームをクリアさせたくない悪者がいてゲーム攻略に重要な情報を姫が伝えられないように操作しているとか。
考えれば考えるほど、自分が見当違いな妄想を膨らませているだけのような気がして、僕は疑念を振り払うように首を振った。
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