2-7 山本家の姫
おばあさんはそのまま通り過ぎるものかと思っていたら、まっすぐこちらにずんずんと歩いてきて姫とゲーム画面の間に立った。
そして腕組みをして仁王立ちのポーズを取る。
姫はそれに全く動じずに体を斜めに倒しておばあさんの横側からゲーム画面を覗き込んでゲームを続けていた。すごい集中力だ。
でもそんな傾いた態勢だったからか、少し進んだところで敵にやられてゲームオーバーになった。
姫は「あ、あ、あぁぁ……」と肩を落とし、しぶしぶといった様子でコントローラーを置いてヘッドホンを取る。
「ゲームは1日1時間。そういう約束やろ? さっき『セーブポイントまで行ったら終わる』って言うてからもうかれこれ1時間は経つで」
おばあさんの言い方は静かだったけれど、決して言い逃れを許さない圧力があった。
ちなみに、さっき画面の右下あたりに『オートセーブ中』という字幕が出ていたのだけど、口出ししないことにした。
「えへへへ、あれ? もうこんな時間。いやーちょっと長引いちゃったかなー。ごめんなさい、今日はもう終わりまーす」
愛想笑いを浮かべながら姫はすぐにゲームの電源を切った。
おばあさんは姫がゲームをコードまで片付けるのを見終えて、睨みを効かせながら部屋を出ていった。
しかしおばあさんが襖を閉めるのを見て、姫はビーチフラッグ並みの素早さでもう一度ゲームに手を伸ばした。
その瞬間、再びおばあさんが襖から首だけをにゅっと覗かせた。
姫の肩がびくっとすくんで、ゆっくりと元の位置に戻って正座した。
「あかんで。次見つけたらほんまに晩ごはん抜きやで。ええな」
おばあさんの首がゆっくりと引っ込んでいった。
姫が懲りずにそーっと手を伸ばしたところで、閉まりかけの襖から「ええな」とドスの聞いた声が再び聞こえた。まるで襖の向こうから透視されているみたいだ。
おばあさんの気配が去ると同時に、姫は立ち上がって地団駄を踏んだ。
「あーもー! もうちょっとでダンジョン攻略だったのにー!」
コウゾウさんは僕にこっそりと「ばあちゃん、なんだか姫が来てから張り切っちゃってさ。あの服なんかも、全部ばあちゃんが姫を連れて買いに行ってくれたんだよ」と教えてくれた。
なぜかコウゾウさんはにこにこして楽しそうだった。
「あのー、おばあさんには姫のこと何も訊かれなかったんですか?」
「訊かれたよ。最初はかなり驚いてた、『どこの子や?』って」
そりゃ誰だっていきなり家に知らない女の子がいたらびっくりするだろうな。
「でも、事情があって知り合いの娘さんを預かることになったって言ったら、別に今じゃ一緒にご飯を食べてても何も尋ねられなくなったよ」
「ええぇ……」
すごいよおばあさん、そんな取って付けたような事情を信用できるなんて。
扇風機の前に座って銀色の髪をなびかせながら「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙〜〜」と声を出している当の本人を見ながら、まぁ害はなさそうなんだけどな、と思った。
コウゾウさんは僕にだけ聞こえるような声で教えてくれた。
「あのさ、姫の前だと言いにくいから今言うんだけど、フォルティスクエストが始まった日から何度かゲームのシステムのこととか世界観について尋ねてみたんだ。でも、自分がなんていう国の姫だとか、ここに来る前はどんな生活をしていたのかとか、自分の本名も『思い出せない』の一点張りなんだ」
なんてこった、それじゃ記憶喪失みたいなもんじゃないか。
「たぶんだけど、姫がゲームの世界の住人だって考えれば、チュートリアルのこと以外はそこまで詳しく設定が作り込まれてないのかもしれないね」
僕はその言葉に頷きながらも、何か喉に魚の骨がひっかかったような気分になった。
「よーし、終わったー!」
澪がそう叫んで伸びをして「どうよ、私だってやればできるんだから」と自慢気に僕にワークを見せてきた。
「よし、じゃあ皆の準備もできたことだし作戦会議開始だ。まずはステータスカードを見てみよう」
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