作戦会議

2-6 作戦会議をしよう

 夏休み最終日。

 宿題も終わらせてしまってやることもない僕は、朝からずっと漫画を読んだりショート動画を見たりしてだらだらと過ごしていた。


 手にしていたスマホが短く2回震えた。


[今日コウゾウさん家来れる?]

[夕方頃]


 という澪からのメッセージが画面の上部に表示された。


 なんて返事をしたものかと迷っていると[作戦会議しよー]とさらに追加でメッセージが来た。


 試練開始から2週間が経って今日で夏休みも最終日だし一度3人で集まって話ておこうということだろう。


[わかった、行くよ]


 と返事をして、少し早いけど昼過ぎに攻略ノートを持ってコウゾウさんの家に向かうことにした。

 もうすぐ9月だってのに熱中症アラートはバンバン発令されている。

 自転車を漕ぎながらフォルティスクエストのことを考えた。


 あのイモムシ事件の後から僕らは毎晩公園に集まってゲーム攻略のカギを探ろうとした。


 例えばモンスターとの戦闘をわざと長引かせたり、モンスターに話しかけてみたり、あえてモンスターから逃げてみたりだ。


 その結果、モンスターとの意思疎通は全くできないこと、戦闘を長引かせていると試練のボタンを押してからきっちり5分後にぐるぐると次元の歪みに吸い込まれるように帰っていき経験値は手に入らないことがわかった。


 あとは武器もいろいろ試してみた。硬式ボールに輪ゴム鉄砲、ままごとの包丁、針金ハンガーにビニール傘までとにかくいろいろ使ってみたけれど、与えられるダメージに差はなさそうだった。


 僕は結局一番取り回しがよく壊れてもすぐに買い換えられる100均の指示棒を愛用していた。


 そうしてあまりに歯ごたえの無いモンスターを消滅させてはゲーム攻略に何の糸口も見つけられず、ただ過ぎていくだけの日々に「このままでいいのかな?」という漠然とした不安を感じ始めていた。


 コウゾウさんからは澪のケータイに毎日のように電話が来るのだけど、安否確認と何のモンスターが出現したか以外は特に話があがらない。

 どうやらコウゾウさんも姫から有用な情報は聞き出せてないみたいだった。


 ちなみに宝仙堂には塾の行きがけに毎日寄ってみているけれど、やっぱりシャッターが開く雰囲気はなかった。澪いわく開いていることの方が奇跡らしい。


 とにかく今日こそは何か攻略に進展があってほしいという思いを胸に秘めながらペダルを漕いだ。


 コウゾウさんの家についてインターホンを鳴らすと、しばらくして太陽の光が反射してまぶしいぐらいの白いTシャツを肩まで腕まくりをした澪が門まで出て来て「結構早く来たんだね、いらっしゃい」と、自分の家のように出迎えてくれた。


 暑さのせいか、急に少し息苦しさを感じた。


 家に上がって縁側のある部屋に入ると、庭から夏の草木の匂いのする風が静かに流れていた。


 どうやらここで宿題をしていたみたいで、座卓の上に数学のワークが置いてあって、扇風機の風で白紙のページがめくれていた。


「宿題やってたの?」

「まだ数学のワークがけっこう残ってるの……ってちょっと何、人の宿題じろじろ見ないでよ」


 怒ったように言った澪はそのままワークの前に座ってシャーペンを持った。


 意外だ、小学生の頃だったら毎年のようにかなり前もって宿題をやり終えていたはずだ。


 部屋の隅っこにはほかにもう一人女の子が向こうを向いて座っていた。

 モノクロボーダーのTシャツに淡いピンクのスカートという格好をしていて、頭にティアラがついた銀色の髪が見える。


 ってあれ、もしかして姫?


 何をしているのかと思えば、最新型のゲーム機が繋がれたテレビの前でコントローラーを握ってアクションRPGをしていた。


 時々「ほっ!」とか「おりゃ! うりゃ!」とか叫びながら握ったコントローラーと一緒に体を動かしている。ゲーム用のヘッドホンをしていて、しかも口にはアイスの棒を咥えたままだった。


 いやいや待て待て、ちょっと見ない間にこっちの世界に順応しすぎだろ。


 自分だってゲームキャラなのにゲームしてるってどういうことだよ。そう心の中でツッコまずにいられなかった。


 ゲームに熱中する姫と、それを気にせず数学のワークと格闘する澪、僕はといえばさしてやることもないので姫の隣に座ってそのプレイ画面を見ることにした。


 姫は決してうまいわけではないのだけれど、キャラクターの動きから一生懸命さが伝わってきた。


 何より、僕が隣に座っても気にする様子なんて一切みせずに没頭していた。


 テレビの上を見ると【あと84日!】とへたっぴな鉛筆の字で書かれた紙が置いてあった。よく見ると日めくりカレンダーみたいになっている。もしかして姫が作ったのかな。


 そうしているとコウゾウさんが氷の入った麦茶をお盆に乗せて持ってきてくれた。


 相変わらず派手な格好で、今日はテディベアの模様が所狭しとプリントされたシャツを着ている。


「いらっしゃい翔くん、よく来たね。お茶どうぞ」

「あ、どうも、ありがとうございます。お邪魔してます」


 コウゾウさんが差し出してくれたグラスを受け取って飲むと同時に、姫の「うにゃー!」という声が聞こえた。

 ゲームオーバーになったらしく、リスタート地点に戻されているみたいだった。

 姫は悔しそうな顔をして再びキャラクターを走らせる。


 断続的に聞こえる小さな風鈴の音、たまに流れてくる扇風機の風、喉を通っていく冷たい麦茶の感覚に、どこかほっとしてしまう。


 いやでも冷静になって考えてみれば、モンスターが毎日出現していて、ゲームのキャラクターが隣に座っているこんな奇妙な状況なのに、非日常な感じとか危機感が全くないのはヤバくないか?


 そんなことを考えていた時だ。すっと開いた襖からおばあさんが顔を覗かせて、こちらに目を向けてから部屋に入ってきた。

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