2-5 変化
澪に話しかけられて、僕はそちらを向く。
「前も同じようなことあったじゃん。まだ小さい頃」
「あったっけ?」
「覚えてないの? ほら、私がお母さんと喧嘩してて、あのすべり台の下でにいてさ」
「あぁ、雨が降って帰れなくなってたやつか」
「そうそう、あの時も助けてくれたでしょ」
「あれは……まぁ、たまたま通りかかったからだよ」
「でも、翔から声かけてくれたでしょ? 傘も貸してくれてさ、それでこの道歩いたじゃん」
「そうだったっけなぁ」
「そうだよ。なんで忘れちゃうかなー」
記憶をたぐりよせてみればそんなこともあったような気がする。
あの頃は今みたいに澪に声をかけることに抵抗を感じることなんて全くなかったし、一緒にいても周りの目を気にすることもなかったはずだから、何も考えずに声をかけられてたんだろうな。
「澪はさ、あの頃と比べると別人だよな」
「え、なんで?」
澪は心底不思議そうに僕の顔を覗き込んでくる。
「うーん、もっと昔はいろんなことを怖がってたし泣き虫だったけど、今は違うじゃん。なんていうか、自信がついたっていうかさ、部活とか頑張ってるし、大人になったっていうか。うん、すごいよ。僕なんかとは違う世界にいるみたいな感じがする」
そう言ったけど澪は何も返してこなかった。歩きながらずっと何かを考えているようだった。
でも澪の家にもうすぐ着きそうだという所まで来ると「違うよ」と言った。
「私は別に変わってない、昔のまんまだよ。私が変わったように見えるなら、それは翔が変わっちゃったんだよ」
その意外な言葉に反論しようとしたけど、口を開く前に澪は「じゃあね」と家の方に走って行ってしまった。
僕はその背中を見送った後、1人で自転車を押しながら住宅街を歩きはじめる。
何度も澪の言葉が頭によみがえってくる。
変わったのは僕で澪は変わってない? 嘘だろ、ないない、それはない。
だって僕なんて何もできない小学生のままだ。ださいし、おもしろいことも言えないし、大きくなってるのは体だけで心は全然ついていっていない気がする。
澪はその反対のように見える。
僕は家に帰るとさっと風呂に入ってすぐさま自室に戻った。
予定より少し遅く帰ってきたのだけど、あまり詮索してこない親はこういう時に助かる。僕の成績以外にはあまり興味がないってだけだけど。
電気をつけないままの真っ暗な部屋のベッドに倒れ込む。
あぁ……まだ夏休みだっていうのに、今日はすんごく疲れた。
柔らかい掛け布団の上でそのまま眠ってしまいそうになっていた時、机の上のスマホが震えた。
澪からメッセージが来たみたいだ。
[夜の9時半でいい?]
[明日]
澪のメッセージは短いしテンポが早い。2・3回連続して通知のバイブレーションが鳴ると澪からだとすぐにわかる。
[いいよ]
あそうだ、僕のスキルのことを教えとかないとな。
[さっき言い忘れてたけど、レベル1のスキルが開放されたよ。毒治すやつ]
[毒?]
[うん、スキルの説明に書いてあったんだ]
[えぇー毒はやばいっしょ]
[もしなっちゃったら治すよ]
[頼りにしてる]
[マジで]
いつもはもう少しメッセージのやりとりが続くこともあるけれど、今日はすぐに[じゃ、また明日ね]と送られてきた。
僕も[また明日]と送ってからさっきのことを思い出して[絶対な]と付け加えた。
目が覚めてしまった。
澪とのメッセージのやりとりというのはまだ全然慣れる気配がない。
仕方なく起き上がって机の引き出しから攻略ノートを出して開いた。小学生の頃に作った紙粘土のペン立てからシャープペンを取り出しカチカチとする。
僕は5日目あたりから攻略のヒントになるよう試練の記録をかかさずつけるようにしていた。
【試練10日目 日時:8月24日午後9時22分 天気:曇り 気温:27度 出現したモンスター:角つきの青いウサギ モンスターの特徴:角で攻撃してきて好戦的だった 出現場所と距離:廃スーパーの駐車場、3メートル前方に地面から 前日からのステータス変化:レベル+1 HP+4 SP+5】
僕はレベルを示す折れ線グラフに定規を使って線を付け足した。
こうして記録を続けてわかることもある、例えばモンスターのだいたいの出現範囲とか、ステータスの伸び方とかだ。追加で今日わかったことも下に書いておく。
【・初めてスキルを獲得した(Lv1 ポイズンヒール)。SPも初めて増えた、スキルを使えるようになったからかも?
・状態異常「毒」が存在するみたい。
・経験値には大小がありそう(イモムシから出た経験値がとても小さかった。手に入った経験値も少ないかも?→明日澪に確認する)】
書き終えると、それまでふわふわとしていた気持ちが落ち着いていくのがわかる。
自然と、さっきの澪の言葉が頭に蘇ってくる。
変わったのは僕のほう。そんなことってあるのかな。
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