2-3 緊急事態

 ゲームが始まって10日が経った。


 今日も1人で塾帰りに寄り道して試練をすることにした。


 この時間、空を見上げるといつもは星が綺麗なんだけど、今日はあいにくの曇り空だった。


 ケータイを確認すると澪から[今日は試練どうするー?]というメッセージが来ていたけど、僕は見てみぬふりをすることにした。


 試練が終わってから[あ、ごめんこっち終わっちゃったー]とでも返しておけば良いだろう。


 もともと僕と澪との関係性だとそれが自然だと思う。今までは不自然に接しすぎた気がする。


 このまま教室にいるときみたいに別々にいても何事もなく100日目まで試練がクリアできるのならそれはそれでいいのだろうとも思う。


 だって陽キャと陰キャで住む世界が全然違うし、澪も僕なんかと夜中一緒にいるところを誰かに見られたら迷惑するに違いなかった。


 今日は夕立が降ったおかげか、ゆっくりと流れる風は湿度を含んでいていつもよりも涼しげに感じられた。


 僕は財布からステータスカードを取り出して【試練】のボタンを押した。

 もう何度も繰り返した行動だけど、このモンスターを待っている瞬間ってのはまだ少し緊張する。


 駐車場のアスファルトに面した空間が歪んで、角の生えた水色のウサギが下からぴょんと跳び上がってくるみたいにして出現した。遠くの街灯に照らされた毛並みがぼんわりと光って見えて綺麗だった。 

 すごくふわふわしていて、見てるだけで触りたくなる。


 いったんモンスターの姿を確認してしまうとほっとして「あ、今日のやつは割とかわいいな」なんて考える余裕まで出てくる。


 でも、ウサギはこちらに気づくと表情を一変させて目が真っ赤に光り、毛を逆立てて威嚇をしてきた。

 かわいい姿でもやっぱりモンスターなんだな、と少し気を引き締める。


 僕は肩から下げたカバンから新しい武器を取り出した。

 100円ショップで買った指示棒だ。


 ホワイトボードとかを指す金属のやつだけど、これならコンパクトに収納できるし、伸ばせばある程度長さもあるし、安いし、持っているのが誰かにバレたとしてもそこまで怪しまれないし、究極的にちょうどよかった。


 モンスターのウサギはかなりすばしっこくて、角を下から振り上げるような攻撃をしてきたけれど、なんとかそれを後ろに下がって避け、指示棒を頭に当てることができた。


 ウサギがバフッと音をたてて倒れた後、いつものように煙になって消えていき水色のクリスタルが落ちた。


 僕はそれを巾着袋に放り込んでから、ステータスカードを財布から取り出して見てみた。


[名前:翔 レベル12 HP42/42 SP5/5]


 レベルは順調に上がっているけれど、段々とモンスターの攻撃性が高くなってる気がする。


 澪は1人で大丈夫だろうかという考えが頭をよぎって、胸の奥に嫌な熱さを感じた時、ステータスカードからピコロンッと音がした。


 裏を見てみると[1 ポイズンヒール]となっていた。


 その下に小さく[対象プレイヤーの毒状態を回復する]と書いてあった。

 最初のスキルだからこんなものなのか、なんだか地味だ。毒にならないと使い道ないし。


 あれ、待てよ。毒状態なんてのがあるのか。


 普通のゲームではだんだんとHPが減っていく系のよくある状態異常だけど、現実に自分たちの身に降りかかるとなると考えるとかなり怖い。


 ふいに、ズボンのポケットに入れていたスマホが長めに振動していて、通話がきているのを知らせていた。


 画面の通知欄には澪の名前があった。


 嫌な予感がした。いきなり電話してくるなんて今までに無かったからだ。


「翔! 聞こえる!? ちょっと、あー! ぃやー! こんなの無理無理!」


 スピーカーから聞こえる澪の声は焦って走っているらしく、とぎれとぎれだった。


 急に心臓がトランポリンにのったみたいに跳ねて、とにかく早くなんとかしなくちゃという思いに突き動かされる。


「どうした!? 試練か? そこどこ?」


「じょ、城南公園んんん!!」

「今行く!」


 僕はスマホにそう叫ぶと、駐車場の入口に止めていたママチャリに走って飛び乗ると、ペダルに思いっきり体重をかけてぐんっと踏み込んだ。


 自転車がスピードにのると、耳元で風を切るびゅんびゅんという音がした。


 強敵がでた? まさか、そんなわけない。まだ10日目、序盤は余裕のはずだろ。


 頭の中に「楽勝だよ」と余裕の笑みを浮かべる姫が浮かんだ。


 まさか、騙された?


 スピードを落とさないよう角を曲がる時も身体を思いっきり倒して自転車を走らせた。


 途中でスーツ姿の男の人の側を通った後に「おわぁ! っぶねぇな!」という声が後ろから聞こえてきたけど気にしている余裕なんてなかった。

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