2-2 余裕
試しにブランコのフレームにジャンプしてみると、なんと手が届いてぶら下がることができた。
「うわーまじか」
遊具が小さくなるわけない、いつの間にか僕のほうが大きくなったんだ。
そう
「……え、なにしてんの?」
振り返ると、澪が不審者を見つけたような恐怖と軽蔑の入り混じった顔をして立っていた。
手にはリードを持っていて、繋がれた柴犬が僕に向かって警戒するみたいに「ぅぅぅ」と低く唸った。
「いや、ちょっ……違うよ? これはその、えーっと、試練のモンスターとどうやって戦うかを考えててさ」
僕は慌ててフレームを掴んでいた手を離して言い訳をする。
「へぇー」
「まぁ、いわゆるイメージトレーニング的な、そんな感じ」
「ふーん、なるほどねぇ」
僕の言い訳を全く信用していない棒読みの返事だったけれど、しばらくして「まぁいいけどね、ちゃんと時間通りに来てくれてるし」と少し感心したように言ってくれた。
「こっちは塾の帰りだしね。そういえば澪はおばさんに何て言って出てきたの? もう結構夜遅いけど」
澪は小さい頃から父親がいなくて、おばあちゃんとお母さんと3人で暮らしているはずだ。
どちらも大らかな人だけど、さすがに夜に男友達と出かけるというのは何か言われそうなものだ。
「え? 普通に翔に会ってくるって言ったけど。大丈夫でしょ、近所だしマメ太もいるし」
確かに、柴犬のマメ太は僕が最後に見た時よりも一回り大きくなってボディガードとして頼れる存在のようにも思う。って、そうじゃなくて。
「何かあらぬ誤解をされないかなってことなんだけど」
「え、なんで?」
僕らは2人揃って全く意味がわからないといった顔を相手に向けた。
そうだった、僕は澪には異性として認められていないんだった。
「ま、よく分かんないけどさ、さっさと試練やっちゃおうよ。時間がきちゃうよ」
そんな僕の心の内なんて気付く素振りも見せず、澪はステータスカードをポケットから取り出した。
それ以上突っ込まれて変に意識していると思われるのも困るので僕は「そうだね」と返した。
今日はまず澪からボタンを押すことにした。ちなみに今日の武器は砂場の近くに落ちていたちょっと太めの木の枝だ。
ステータスカードに赤く【試練】と書かれたところを押すと青い色に変わる。
しばらくして、少し離れた地面に青白い空間の歪みのようなものができ、その中からカピバラのような顔がにゅーっと出てきた。
澪はカピバラが地面から湧き上がっている最中にもぐらたたきの要領でその後頭部めがけて容赦なく木の枝を振り下ろした。
ペキョッと木の枝が折れる頼りない音がして、カピバラは地面からその下半身を現すことなく白黒の塵になって消えていった。
「ふ、ふふふ。先手必勝ってやつね」
澪は折れた木の枝をぽいっと捨てた。
「なんかめちゃくちゃ卑怯じゃないか?」
「戦いに卑怯もへったくれもないでしょ。生き残った者が勝ち、弱肉強食よ」
不意打ちを至極当然のことのように言い放ち、カピバラが消えたあたりの地面から茶色の金平糖を拾って巾着に入れる。
[名前:澪 レベル3 HP13/13 SP0/0]
澪の持っていたカードが更新される。うーん何度見ても不思議だ、原理どうなってんだこれ。
「ほら翔も」
澪は新しい木の枝を拾ってきて渡してくれた。
僕がカードのボタンを押してしばらくすると、今度は足下のすぐ近くの空間が歪んで、そこから尻尾が二つに分かれた太った猫のモンスターが出てきた。
しかし、こいつも今までの例に漏れず出現してすぐに木の枝で軽くたたくと「ぶにゃー」と気の抜ける断末魔と共に消滅していった。
「今日はこれで終わりか」
僕達はほっとした反面、もし昨日よりもずっと強いモンスターが出てきたらどうしようかと不安に思っていたのでちょっと肩透かしを食らったような気にもなった。
コウゾウさんに今日のことを電話すると、向こうも同じようなしょぼいツチノコのようなモンスターが出てハエたたきで一撃だったと教えてくれた。
スピーカーの向こうで姫が「ほらね、まだまだ余裕だって言ったでしょ」と言っているのが聞こえた。
とにかく、何のトラブルもなかったことに安堵して僕と澪は公園で別れてそれぞれの家に帰った。
3日目の試練も僕らは同じ時間に同じ場所に集まってモンスターを召喚した。
塾の授業がない日だったので両親には運動不足解消のためのランニングと嘘をついて家を出た。
2人とも僕が運動をすることには肯定的だったし、上下スウェットで家を出ても変に見られずに済んだ。
その日のモンスターは僕のは幼稚園児くらいの大きさの青いザリガニみたいなやつで、澪のはのっそりと動くリクガメみたいなモンスターだった。これまた木の枝で一撃だった。
ゲーム序盤だからモンスターが弱いのか、そもそもこのゲームの難易度がこんなものなのかわからないけれど、4日目、5日目と経つにつれて一向に強くならないモンスターに僕らの緊張感は次第に緩んでいった。
本当に、慣れというのは怖いものだ。
経験値はゲームを起動したら毎日もらえるログインボーナスみたいだとさえ思い始め、試練6日目以降は僕らの都合がつかなかったこともあって別々でもモンスターと戦うようになった。
毎日多種多様なモンスターが出現した。
それは伸ばした羽が1メートルぐらいある蝶だったり、背中に棘が生えた牛だったり、コウモリのような羽がついてるヘビだったり、タコに木の棒を持たせたようなモンスター、昨日なんてエリンギに手足をつけたようなモンスターが出現した。
昆虫、哺乳類、爬虫類、軟体動物に菌類まで、形もサイズも種々様々、とにかくなんでもありだ。
モンスターから攻撃を受けることはたまにあるものの、見た目に反して体感では2歳児のパンチぐらいの威力しかない。HPは1しか減らなかったし、それも戦闘が終わると3分も経たずに回復した。
所詮はゲームということなのだろうか。
普通のゲームではありえないことをしているのだけど。
それよりも1人で試練をする上で大変だったのは、モンスターといつどこで戦うかを考える事だった。
城南公園もいいけど家と反対方向だから帰るのが遅くなるし、やっぱり1人だと誰かに見られていないか不安になってしまう。
もし夜中の公園で木の棒を振り回しているのを同級生に見られたりしたら次の日学校でどうなるか、恐ろしくて想像もしたくない。
いろんな場所を考察した結果、モンスターと戦う時は塾から帰る途中にある去年閉店したスーパーの駐車場が良いんじゃないかという結論に至った。
そこそこ広いし低いけど塀もあって、しかも人気が全然ない。
広々とした駐車場に1人でいることのもの寂しさがある以外には試練にはうってつけの場所だった。
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