第2章 フォルティスクエスト
2-1 城南公園
帰り支度のためにリュックを机に置くと、中でスマホが短く震える音がした。
手に取ると通知欄に[9時半に城南公園でいい?]と澪のアイコンとメッセージが表示されていた。
思わずドキリとしてしまい、とっさに鞄の陰にそれを隠す。
塾の授業が終わった後、僕のいる教室には同じ学校のやつらが何人か残って立ち話をしていた。
もしこんな場所で澪からの通知を見られたらどんな誤解をされるかわからない。
[いけるよ]
急いで4文字だけ打ち込んだそれを数学のテキストと一緒にカバンに投げ込むように入れた。
ほぼ同時に送られてきた[じゃ後でね]というメッセージがカバンの中でぼんやり光っていた。
城南公園ってのは住宅街から少し離れたところにある小さな公園だ。自転車ならここから10分もかからない、ゆっくり漕いで行っても余裕があるだろう。
「めずらしいね、富田くんがここでスマホ触ってるなんて」
突然、後ろから話しかけられて僕はびっくりして飛び上がる。
話しかけてきたのは数学の
とはいっても僕はあまり関わったことがなくて個人的に話しかけられたのも初めてだ。
思いもよらない人から声をかけられて戸惑っている僕の目の前で、先生はなぜかいきなり親指をぐっと立てた。
「いいねー、青春だねっ」
「えっと……何がですか?」
なんだか僕の生活とは全く馴染みのない単語を言われた気がする。
先生はテストで良い点を取った人に向けるような笑顔をしていて、どうやらややこしい勘違いをしているみたいだ。
「だって何だか嬉しそうにスマホ見てたでしょ」
え、嬉しそう?
「頑張れ若者よ、うんと青春しなさい。勉強もまぁ大切だけどさ、青春は今しかできないからね」
自信満々に的外れなことを諭されてしまい反応に困っていると植松先生は「でしょ?」とつけ加えた。
「えーっと……そう、なんですか?」
大抵の先生は勉強は積み重ねだから少しサボるとついていけなくなる、なんて言うけれど。
「そうだよ。ほかの先生には秘密だけどね」
人差し指を口の前に立ててウインクしてくる先生に僕はもう何も言えない。
植松先生ってちょっと変わった人なのかもしれない。しかもどちらかといえば僕が苦手とするグイグイくるタイプの。
「先生は富田くんをいつでも応援してるよ」
胸の前でぐっと握りこぶしを作り方向音痴な応援をしてくれている植松先生に「はは……、ありがとうございます。それじゃ、あの、さよなら」と苦笑いを貼り付けた会釈だけして僕は逃げるように教室を出た。
自動ドアの外には夏祭りを連想させる濃い草の匂いが充満していた。
天井の蛍光灯がまばたきをしている駐輪場から母さんのお下がりのオレンジ色のママチャリを引っ張り出し、城南公園に向けてゆっくりと走り出した。
錆の浮いたチェーンをガチャコガチャコといわせて漕ぎながらさっき植松先生に言われたことを考える。
青春しなさい、って言われてもなぁ。
そもそも青春って何なんだ? なんとなくのイメージはあるけど、実際はよくわからない。
ちょっと前まではそんなことば全然聞かなかったのに、中学生になった途端にそんなことを言われても困ってしまう。
僕以外の皆はちゃんと青春ってのをしているんだろうか。別にしなきゃいけないことじゃないけど、大人になったらしてなかったことを後悔したりするんだろうか。
なんて、そんな答えが見つかるはずのないことを頭の中でぐるぐる考えていると、気付けばもう城南公園に着いていた。
闇に浮かぶ公園の時計を見るとまだ9時15分だった。予想外に話しかけられてすぐに塾を出たせいでだいぶ早く着いてしまった。
薄暗い公園の入口にママチャリを止めて中に入ると、公園内にまばらについた白いLEDの街灯が滑り台や鉄棒を仄かに照らしていた。
昔はこの近くに団地があったらしいけど、区画整理の影響なのかそこは何かの工場になってしまっている。
そのせいで人通りはあまり多くない割に大きな公園なものだからうちの校区では広々と遊べる場所として密かに人気があった。
中央にある大きなイチョウの木はまだ元気そうだ。そうそうあのジャングルジム、地面についたら負けの鬼ごっこみたいにしてよく遊んだ。遠くに見えるカラフルな色の滑り台は足場が広くて雨宿りしてたこともあったっけ。
改めて遊具を見てみるとここで遊んでいた思い出が次々に蘇ってくる。しかしどれも記憶の中にあるものよりサイズ感が小さくて違和感を感じてしまう。
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