1-15 澪との距離
「あ、そうだ翔、連絡先教えてよ」
突然、何気なしにスマホをショルダーバッグから取り出して言った澪の一言に「でえぇっ!?」と驚いて後ずさってしまう。
「え、なに、そんなびっくりすること? 私達でゲームのこと調べていくんだし、コウゾウさんから連絡きたら翔に知らせられないじゃん」
「あいや、そうだよね。うん、そうそう。全然びっくりしてないよ、別に普通のことだよね、ははは、やだなぁもう」
中学生になってスマホを持つことをやっと許されたばかりで、家族以外は誰の連絡先も入っていない。
まさか家族以外で一番最初に登録する相手が澪になるなんて。嬉しいのかそうでないのか、なんだか複雑だ。
「どう見てもめっちゃ驚いてたけど……まぁいいや、普段はアプリ何使ってるの?」
僕がアプリ名を伝えると澪は「ふぅん」と頷いてから、自分の画面を僕に見せてくる。
「このアプリ入ってる? 私、友達に連絡するときいっつもこれのメッセージ使ってるんだけど」
「あーそれか。一応入れてるけど、あんまし使ってないんだよな」
僕は畑道で立ち止まってアプリを起動する。
「えーと、これどうやってフレンド追加するの?」
「そこの右下のところのアカウントって欄開くんだよ」
僕の画面を覗き込んでくる澪の顔がすごく近い距離にきて、ドキリとする。
それを悟られないように画面をタップすると、細かい項目がずらっと出てきた。
「ちょっと貸してみて?」
スマホを渡すと澪は手慣れた動きでIDを打ち込んでフレンド登録をしてくれた。
あ、今ので僕のフレンド一覧に誰も登録されていないのを見られてしまったかな。と考えていると、返されたスマホの画面上部にメッセージが届いた通知が連続で3つ現れた。
[翔って友達いないのかなーなんて]
[思ってないよ]
[全然]
「いやめっちゃ思ってんじゃん!」
思わず画面から目を上げてつっこみを入れてしまった僕に澪は「あはは! じゃあまたね! 宝仙堂のおじいさんから話が聞けたらまた教えてー」と手を振って家の方に向かって薄暗くなった道を走っていった。
その姿を見送りながら思う、やっぱり今の澪は僕の知っていた澪とは違う。
前よりも楽観的というか、明るくて、真っすぐで、不安を感じさせない。澪と話していたり褒められたりすると、僕なんかでもそんなにダメな奴なんかじゃないのかもしれないって気になってきてしまう。
それは逆に少し怖くもあった。不相応な自信をもってしまって変に調子に乗ってしまいそうになるからだ。
僕は自分自身に「頼りになんてならない、澪はおだてて言っただけだ」と自分の心にブレーキをかけるように首を振って友町商店街に向かって歩いた。
しかし結局、友町商店街はもう照明すらまともについていなくて、本当に洞窟のような真っ暗な穴が開いているだけになっていた。
僕は肩を落として仕方なく家に帰った。
家族は今日僕が一緒に買い物に行かなかったことに何事もなかったような顔をしていた。
晩御飯を食べた後、殺虫剤の匂いがかすかに残る部屋に戻ってフォルティスクエストのことやその他にも同じようなことが起きていないかをネットで探してみた。でも全然見当違いなゲームの攻略サイトにひっかかるだけだった。
それどころか、宝仙堂というお店も検索にすら引っかからなかった。
僕はスマホを充電器に繋いだ後、勉強机の引き出しからあまり使っていないノートを取り出して、フォルティスクエストについて今分かっていることをメモすることにした。
・100日間、姫をモンスターから守りきればゲームクリアになる。
・1日1回、モンスターと戦う”試練”がある。
・ステータスカードの”試練”ボタンを使えば好きな時に戦闘ができる。(ただし使わないと夜12時に出現)
・試練に勝てば経験値が手に入り、専用の袋に入れればレベルアップができる。
・レベルアップで使えるスキルが5個あるけど、その内容は不明。(コウゾウさんの1番目はハエ叩きアタックだった)→つまりモンスターとの戦闘内容によって決まる?
・モンスターにHPを0にされると”瀕死”になる。(詳しくは不明)
・ゲームキャラクターはゲームプレイヤー以外は見たり触ったりできない可能性が高い。(ただし姫には実体がある)
・ゲームクリア、ゲームオーバー後はどうなるかは今のところ不明。
「こんなもんか」
シャーペンを置いてノートを見ると、何も解決はしていないのだけれど頭の中がすっきり整理された気になる。
僕はこめかみに人差し指を当てて改めて項目を読み返す。
今の段階じゃ分からない点が多すぎるな。
でもフォルティスクエスト攻略のキーとなるのは、やはり姫だろう。ゲームの中の登場人物で現実世界に干渉できているのもどうやら姫だけだったし。何か攻略の情報を引き出せるとすれば姫からの可能性が高そうだ。
僕はとにかく考えるのを止めてノートの表紙に”攻略ノート”とマジックで書いて鍵付きの引き出しにしまった。
それからデスクライトを消して真っ暗になった部屋のベッドにうつ伏せで横たわった。
今日はいろいろあったせいか、僕の意識は柔らかい枕に吸い込まれるようにしてすぐに眠りに落ちて行く。
その時、机の上のスマホがブブッと震えた。
バンジージャンプみたいに、落ちかけていた意識が一気に戻ってくる。
体をはね起こして机の上にあるスマホを手に取る。
[宝仙堂行ってみた?]
思ったとおり、澪からだった。
慣れない家族以外からのメッセージに、僕は狼狽えてしまう。
とにかく落ち着け、落ち着け。
自分の胸のあたりでバクバクいってる心臓に言い聞かせていると、手にしたスマホがまたブブッと震える。
[あとさ、明日の試練、いつやる?]
[夜がいいよね、あんま人に見られたくないし]
追加で送られてくるメッセージのスピードが早くて、せかされているような気になる。
[宝仙堂は閉まってたよ]
[試練は確かに夜がいいよね。あ、でも塾があるや]
なんとかメッセージを打ち返すと、1秒も経ってないんじゃないかというぐらいの速さで返信が飛んでくる。
[え、翔って塾なんて行ってたっけ]
[最近行き始めたんだよ]
[そうなんだー何時に終わるの?]
[夜9時]
[じゃあそれ終わった後でいいじゃん]
[確かに]
[じゃまた明日連絡するね]
[わかった]
[おやすみ、また明日ね]
[おやすみ]
ふうと息を吐いて再びベッドに仰向けに倒れた。
メッセージの履歴を見直してみて、不自然なところがないかを何度か確認する。
なにせ他人とこうしてリアルタイムでメッセージをやりとりするなんてほとんど初めてのことだった。
澪はあの操作に手慣れた感じだと、きっと毎日いろんな人とやりとりしてるんだろうな。
そう思うと、やはり僕とは違う遠い場所にいるように感じてしまった。
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